いすみ市沖洋上風力プロジェクト 騒音影響評価← 前へ目次次へ →

12.計算結果と国際基準との照合

本章では、前章で説明した3つの計算手法(ISO 9613-2ベースライン、4シナリオの伝搬補正モデル、完全円筒拡散の理論上限)を、いすみ市沖に計画されている3つの風車配置に適用し、その結果を国際的な疫学データおよび規制基準と照合する。

なお、本章のシミュレーション結果を解釈するにあたり、波浪によるマスキング効果の限界に留意する必要がある。海岸線付近では波浪音が風車騒音を部分的に遮蔽しうるが、内陸に向かうにつれてこの遮蔽効果は急速に減衰する。一方、18 MW級風車が発生する騒音は低周波成分が卓越しており、大気吸収が極めて小さいため長距離にわたって減衰しにくい。その結果、海岸線から数百メートル以上内陸に入ると、波浪音はほとんど聞こえなくなる一方で風車騒音は依然として到達し、静寂な環境に低周波騒音のみが侵入する状況が生じうる。欧州の近岸風力発電所(第2章参照)では、別荘地や砂州など海岸に面し内陸集落の少ない立地が選定されることでこの問題が回避されているが、いすみ市の場合は海岸線の背後に住宅地が広がっており、マスキング効果に依存した騒音影響の軽減は期待できない。以下のシミュレーションでは、海岸線に加えて内陸3 kmおよび内陸5 km地点での受音レベルも算出し、この問題を定量的に評価する。

12.1分析対象の配置と受音点

本章の分析対象は3つの風車配置案である。A案(15 MW×35基=525 MW)およびB案(12 MW×42基=504 MW)は、4社コンソーシアムが計画段階環境配慮書で提示した配置であり、第6章で予測値の再現検証を行った。本節ではこれに加えて、第3の配置案(C案)を導入する。3つの配置案それぞれについて、第11章で説明した3つの計算手法(ISO 9613-2ベースライン(第11.1節)、4シナリオの伝搬補正モデル(第11.2節)、完全円筒拡散の理論上限(第11.3節))を適用し、結果を順次提示する。

12.1.1配置の想定

正確な配置が不明であるため、いすみ市沖の物理的制約に基づいて合理的な配置を想定した。想定の根拠は以下の通りである。

以上の制約条件から、以下の3列配置を想定した。

列離岸距離基数横方向間隔列幅
前列3 km8基1.25 km8.75 km
中列4.5 km9基1.25 km10.0 km
後列6 km8基1.25 km8.75 km
合計—25基—(450 MW)

受音点は、海岸線の中央付近(アレイの中心正面)に設定する。これは最も多くの風車からの音が集中する最悪地点に相当する。受音点は海岸線上(0 km)、内陸3 km、および内陸5 kmの3地点とする。なお、いすみ市の内陸部は低い丘陵地であるが、低周波音は回折により容易に丘陵を回り込むため、地形遮蔽の効果はほぼ期待できない。

図618MW級25基配置の想定と受音点。前列(離岸3 km、8基)、中列(離岸4.5 km、9基)、後列(離岸6 km、8基)の3列配置を想定した。受音点A(海岸線)、B(内陸3 km)、C(内陸5 km)はアレイ中心の正面に位置し、最も多くの風車からの音が集中する地点に相当する。

12.2全配置・全受音点におけるISO 9613-2計算結果と国際基準との照合

前節で導入した3つの配置案(A案・B案・C案)のすべてについて、海岸線・内陸3 km・内陸5 kmの3受音点におけるISO 9613-2計算結果を一覧し、第3章の疫学データおよび国際的な低周波音診断基準と照合する。計算手法は第11.1節で説明したISO 9613-2の標準的な枠組みに基づいており、伝搬補正を加えた結果は第12.3節で提示する。

ISO 9613-2は国際的にもっとも広く使われている屋外騒音の計算モデルであり、音が距離とともにどれだけ弱くなるかを、周波数帯域ごとに3つの要素から求める。(1)距離が2倍になると音が6 dB下がるという幾何学的な広がり(球面拡散)、(2)空気が音のエネルギーを吸収する効果(高い音ほど強く吸収される)、(3)海面や地面からの反射。ただし、このモデルは「適度な順風条件」を前提としており、風の強さの鉛直分布や温度逆転による音の屈折は考慮しない。したがって、以下の結果はもっとも保守的(つまり実際よりも低め)のベースライン推定である。

12.2.1計算条件

気象条件は10 °C・相対湿度70%のみを使用する。第11.1.1節で確認した通り、夏季条件(20 °C/80%)との差はA特性で0.7 dB以下であり、結果に実質的な影響を与えないためである。

音源レベルは3配置とも同一のVestas V236-15MWスペクトル(\(L_{WA} = 120\,\text{dB(A)}\)、安全マージン+2 dB含む)を使用する。C案の18 MW級風車は15 MW機よりも音源レベルが約2 dB高い可能性があるが(第10.3節参照)、まず120 dB(A)で統一計算を行う。C案については、ベース値と\(+2\,\text{dB}\)補正後の両方を表中に示す(括弧書き、または注記による)。伝搬経路の物理特性は音源レベルに依存しないため、+2 dBは受音点のすべての重み付け値に一律に加算される。

内陸受音点では、伝搬経路が海上区間と陸上区間に分かれる。海上区間は前節と同じく\(G=0\)(硬い反射面)で全帯域+3 dBの反射増幅を適用する(第11.1節で述べた通り、低周波帯域では干渉的加算により実際の増幅が+6 dBに近づく可能性があるが、ここでも保守的に+3 dBを維持する)。陸上区間では、地表面が芝地や農地など吸音性の高い材質に変わるため、周波数帯域に応じた地面効果を適用した。低周波音(200 Hz以下)は波長が長く地面の吸音特性に鈍感であるため、陸上でもほぼ反射的に振る舞う。中周波帯域(200〜1000 Hz)では軟らかい地面による吸音が始まり、高周波帯域(1 kHz以上)ではさらに吸音が増大する。本計算で陸上区間に適用した帯域別の地面効果\(A_{\mathrm{gr},\mathrm{land}}\)は、200 Hz以下で\(-2\,\text{dB}\)(ほぼ反射的、海面の\(-3\,\text{dB}\)より1 dB弱い反射)、250〜1000 Hzで0 dB(中性)、1 kHz超で\(+1\,\text{dB}\)(軽い吸音)である。海上区間と陸上区間の寄与は、経路長に応じた比率で加重平均した。内陸3 km受音点では伝搬経路の約50%が海上・50%が陸上、内陸5 kmでは約38%が海上・62%が陸上となる。

12.2.2計算結果の総括

表20に、全9組み合わせの計算結果をまとめる。C案の括弧内の値は、18 MW機の音源レベル補正(\(+2\,\text{dB}\))を適用した場合である。

表20ISO 9613-2計算結果の総括:3配置×3受音点(10 °C/70%、\(L_{WA} = 120\,\text{dB(A)}\))
配置受音点\(L_p\)(Z)\(L_p\)(A)\(L_p\)(C)\(L_p\)(G)Z\(-\)AC\(-\)A
dBdB(A)dB(C)dB(G)dBdB
A案(15MW×35基)海岸線65.945.061.969.520.916.9
A案内陸3 km61.537.557.165.324.019.6
A案内陸5 km59.434.054.963.325.420.9
B案(12MW×42基)海岸線66.545.762.570.120.816.8
B案内陸3 km62.238.257.866.024.019.6
B案内陸5 km60.134.755.664.025.420.9
C案(18MW×25基)海岸線65.144.661.168.720.516.5
 (+2 dBの場合)(67.1)(46.6)(63.1)(70.7)
C案内陸3 km60.336.656.064.123.719.4
 (+2 dBの場合)(62.3)(38.6)(58.0)(66.1)
C案内陸5 km58.232.953.762.025.320.8
 (+2 dBの場合)(60.2)(34.9)(55.7)(64.0)

12.2.3低周波帯域の受音レベル:環境省「手引書」参照値との照合

表20は総合レベルを示したが、1/3オクターブバンド別に見ると、低周波帯域の状況はさらに深刻である。以下の表に、各配置・各受音点における40〜80 Hz帯域のZ特性受音レベルと、環境省「低周波音問題対応の手引書」(2004年)の心身に係る苦情に関する参照値(第5節)との比較を示す。

表21ISO 9613-2ベースライン:低周波帯域の受音レベルと手引書参照値の比較(Z特性、dB)。太字は参照値超過。全帯域の詳細データは付録BおよびCに掲載。
配置受音点40 Hz50 Hz63 Hz80 Hz
(参照値57)(参照値52)(参照値47)(参照値41)
A案(15MW×35基)海岸線53.853.6 (+1.6)53.4 (+6.4)52.1 (+11.1)
A案内陸3 km49.549.348.9 (+1.9)47.4 (+6.4)
A案内陸5 km47.447.246.745.1 (+4.1)
B案(12MW×42基)海岸線54.454.3 (+2.3)54.1 (+7.1)52.7 (+11.7)
B案内陸3 km50.249.949.6 (+2.6)48.0 (+7.0)
B案内陸5 km48.047.847.345.7 (+4.7)
C案(18MW×25基)海岸線53.052.9 (+0.9)52.7 (+5.7)51.3 (+10.3)
 (+2 dBの場合)55.054.9 (+2.9)54.7 (+7.7)53.3 (+12.3)
C案内陸3 km48.348.147.8 (+0.8)46.3 (+5.3)
 (+2 dBの場合)50.350.149.8 (+2.8)48.3 (+7.3)
C案内陸5 km46.245.945.543.8 (+2.8)
 (+2 dBの場合)48.247.947.5 (+0.5)45.8 (+4.8)

この表が示す事実は明快である。

海岸線では、50 Hz以上の全帯域で全配置が参照値を超過する。80 Hzでの超過量は+10.3〜+12.3 dB(参照値の約4倍のエネルギーに相当する)であり、「境界的」や「わずかな超過」ではなく大幅かつ系統的な超過である。

内陸3 kmでも、63 Hz以上で全配置が参照値を超過する。80 Hzでの超過量は+6.4〜+7.3 dBであり、依然として参照値の2倍以上のエネルギーである。

内陸5 km(風車から8 km以上離れた地点ですら、80 Hzで全配置が参照値を超過する(C案ベースで+2.8 dB、+2 dB補正後で+4.8 dB)。+2 dB補正後のC案では63 Hzでも参照値を超過する。

きわめて重要なのは、これらの値は伝搬補正を一切適用していないISO 9613-2のベースライン計算の結果であるという点だ。風下屈折もダクト効果も温度逆転も考慮していない。すなわち、この超過は伝搬モデルの選択や気象条件の仮定に依存しない、音源スペクトル、距離、大気吸収という基本物理のみから導かれる結論である。どのような伝搬モデルを用いても、どのような気象条件を仮定しても、この帯域の参照値超過を解消することはできない。

なお、環境省は2017年12月27日の通知で「参照値以下であっても、低周波音を許容できないレベルである可能性が10%程度残されている」と明記している。本計算では参照値を大幅に超過しており、その影響はさらに深刻であることは自明である。

12.2.4日本の規制基準との照合

表20のA特性受音レベルを日本の規制基準と照合する。環境省の「騒音に係る環境基準」は、住居専用地域の夜間(22時–6時)に45 dB(A)を上限としている。

海岸線における各配置の値は、A案45.0 dB(A)、B案45.7 dB(A)、C案44.6 dB(A)(18 MW補正後46.6 dB(A))であり、全配置が環境基準の45 dB(A)に達するか超過する。WHOの夜間ガイドライン(40 dB(A))に対しては4.6〜6.6 dBの超過である。

すなわち、ISO 9613-2のベースライン計算だけで、本計画は日本のA特性環境基準と環境省自身の手引書参照値の双方を同時に超過する。A特性の超過は海岸線で発生し、参照値の超過は50 Hz以上の全帯域で発生する。2つの異なる評価尺度が同時に問題を示しているという事実は、本計画の騒音影響が単一の指標の偏りや計算の不確実性に帰せられるものではなく、基本的な物理条件から必然的に生じるものであることを裏付けている。

12.2.5疫学データとの照合:不快感の定量的推定

第3.1節で整理した通り、風車騒音に対する住民の不快感は以下のような用量反応関係を示す。スウェーデン(Pedersen & Persson Waye, 2004, 2007)の調査では35〜40 dB(A)で約5%、40〜45 dB(A)で約18%が高度の不快感を報告し、45 dB(A)を超えると不快感の報告率が急増する。オランダ(Pedersen et al., 2009)やカナダ(Michaud et al., 2016)の調査でも概ね一致する傾向が確認されている。また、日本国内の影山ら(2016)の調査では、屋外騒音レベル40.5 dB(A)を閾値として不眠症の有病リスクが有意に増大し、41〜45 dB(A)の曝露群では有病率が約5倍に上昇することが報告されている。

これらの疫学知見に照らすと、表20の結果は以下のように評価される。

海岸線 (離岸3 km):A特性受音レベルは44.6〜46.6 dB(A)であり、不快感が急増する45 dB(A)の閾値に達するかこれを上回る。疫学データに基づけば、18〜50%の住民が高度の不快感を報告しうる水準である。また、影山らの報告した不眠症リスク増大の閾値(40.5 dB(A))を大幅に超過しており、睡眠への影響が懸念される。

内陸3 km (海岸線から3 km):A特性受音レベルは36.6〜38.2 dB(A)であり、住民の約5%が高度の不快感を報告する35〜40 dB(A)帯に位置する。影山らの不眠症閾値(40.5 dB(A))には達しないものの、これに近い水準である。風車から6 km以上離れた地点で、ISO 9613-2の計算だけでこの水準に達する。

内陸5 km (海岸線から5 km):A特性受音レベルは32.9〜34.7 dB(A)であり、なお1〜5%程度の住民に高度の不快感が生じうる範囲にある。

影響を増減させる要因 上記の推定に対して、以下の2つの要因が影響を及ぼす。

第一に、年間平均風速条件(ハブ高さ約8 m/s)では、音源レベルが定格出力時から約4〜6 dB低下する(第10.4節)。しかし、この低下を適用しても海岸線で約39〜42 dB(A)であり、WHOガイドライン40 dB(A)前後の水準が維持される。また、手引書参照値に対しては、平均風速条件でも63 Hz以上で超過が続く(63 Hzで+0.7〜+2.7 dB、80 Hzで+5.3〜+7.3 dB)。すなわち、「平均的な風の日」であっても低周波騒音問題は解消されない。

第二に、第11.1節で詳述した通り、本計算で採用した海面反射の+3 dB(非干渉加算)は保守的な仮定である。50〜200 Hzの低周波帯域では、直接波と反射波がほぼ同位相で重なるため、実際の反射増幅は+6 dB(干渉加算)に近い。この差+3 dBが実現すると、上記のすべての受音レベルがさらに3 dB上昇し、超過幅はさらに拡大する。

第三に、これらの疫学調査は主に0.5〜3 MW級の陸上風車を対象としたものであり、12〜18 MW級の巨大洋上風車に関する用量反応データは現時点で存在しない。大型風車はより強い低周波成分と振幅変調を伴うため、同じdB(A)値であってもより強い不快感を引き起こす可能性が高く、上記の不快感推定は過小評価と考えるべきである。

12.2.6本節の結果の位置づけ:もっとも保守的な下限推定

本節で示した計算結果は、ISO 9613-2に基づくもっとも保守的な推定であり、風下屈折、温度逆転、海上ダクト効果を一切含まない。すなわち、これらの値は強い風速勾配や温度逆転が発生していない穏やかな気象条件(年間を通じて発生しうるもっとも平穏な伝搬状態)に対応する。実際の気象条件下ではこれらの増幅要因により受音レベルはさらに数dB〜10 dB以上上昇する(第11.2節で詳述)。本節の結果は、その増幅が加わる前の下限値として理解すべきである。

全帯域の詳細データは付録B(A案・B案の海岸線)および付録C(C案の海岸線、全配置の内陸受音点)に掲載する。

12.3伝搬補正モデルによるシミュレーション結果

第11.2節で定義した4つの伝搬シナリオ(ケース1〜4)に基づき、3つの配置案×3つの受音点のすべての組み合わせについて帯域別伝搬計算を実施した。本節ではその結果を提示し、国際的な疫学データおよび規制基準と照合する。全帯域の詳細は付録(第D章)に収録し、ここでは総合レベルと低周波帯域の概要を示す。すべての値は中央推定であり、不確実性は\(\pm1.5\,\text{dB}\)程度である。

前節のISO 9613-2ベースラインは、音が均一な大気中をまっすぐ進むことを前提としていた。本節では、第11.2節で定義した4つの伝搬シナリオ(風速勾配と温度逆転の強弱の組み合わせによる、ケース1(穏やかな条件)からケース4(最強伝搬条件)まで)に基づく補正を加えた結果を示す。各シナリオの物理的意味と出現頻度は第11.2.2節を参照されたい。

12.3.1総合レベルの比較

表22A案(15MW×35基):4つの伝搬シナリオにおける補正後受音レベル(フル出力条件、年平均風速時は各値から約5 dBを差し引く)
受音点シナリオ\(L_p\)(Z)\(L_p\)(A)\(L_p\)(C)\(L_p\)(G)Z\(-\)AC\(-\)A
dBdB(A)dB(C)dB(G)dBdB
海岸線ケース167.546.063.571.021.517.5
ケース270.449.166.673.721.317.5
ケース369.948.565.973.421.417.4
ケース472.951.769.176.321.217.4
内陸3kmケース163.138.958.966.924.220.0
ケース265.942.261.969.523.719.7
ケース365.741.561.469.524.219.9
ケース468.744.864.672.323.919.8
内陸5kmケース161.135.656.764.925.521.1
ケース263.838.959.667.524.920.7
ケース363.838.259.367.625.621.1
ケース466.741.662.470.425.120.8
表23B案(12MW×42基):4つの伝搬シナリオにおける補正後受音レベル(フル出力条件、年平均風速時は各値から約5 dBを差し引く)
受音点シナリオ\(L_p\)(Z)\(L_p\)(A)\(L_p\)(C)\(L_p\)(G)Z\(-\)AC\(-\)A
dBdB(A)dB(C)dB(G)dBdB
海岸線ケース168.246.664.271.721.617.6
ケース271.049.767.374.421.317.6
ケース370.549.166.574.121.417.4
ケース473.652.369.877.021.317.5
内陸3kmケース163.839.659.667.624.220.0
ケース266.642.862.670.223.819.8
ケース366.442.262.170.224.219.9
ケース469.445.565.373.023.919.8
内陸5kmケース161.836.357.465.725.521.1
ケース264.639.660.368.225.020.7
ケース364.538.960.068.425.621.1
ケース467.442.363.171.225.120.8
表24C案(18MW×25基):4つの伝搬シナリオにおける補正後受音レベル(フル出力条件、年平均風速時は各値から約5 dBを差し引く)。18MW機の音源レベル補正(\(+2\,\text{dB}\))を適用する場合は、各値に一律2 dBを加算する。
受音点シナリオ\(L_p\)(Z)\(L_p\)(A)\(L_p\)(C)\(L_p\)(G)Z\(-\)AC\(-\)A
dBdB(A)dB(C)dB(G)dBdB
海岸線ケース166.745.562.870.221.217.3
ケース269.548.565.872.821.017.3
ケース369.048.065.072.521.017.0
ケース472.051.168.375.320.917.2
内陸3kmケース162.038.057.865.724.019.8
ケース264.841.260.768.323.619.5
ケース364.540.560.268.324.019.7
ケース467.543.863.471.123.719.6
内陸5kmケース159.834.555.463.725.320.9
ケース262.637.858.466.224.820.6
ケース362.537.158.066.325.420.9
ケース465.440.561.169.124.920.6

12.3.2国際的基準との照合

前項の結果を、第3章で整理した国際的な疫学知見および規制基準と照合する。以下では主にC案(18 MW×25基)を中心に分析するが、A案・B案でも同様の傾向が確認される。すべての値はフル出力条件(定格風速以上)の中央推定値であり、不確実性は\(\pm1.5\,\text{dB}\)程度である。年間平均風速条件では各値から約4〜6 dBを差し引く(第10.4節参照)。ただし、いすみ市沖では年間のかなりの時間帯で定格風速以上の風が吹くため(第9章)、フル出力条件は決して稀な事象ではない。

12.3.3A特性による評価:不快感の用量反応関係

第3.1節で概観した疫学研究群は、風車騒音に対する住民の高度不快感(highly annoyed)がA特性の音圧レベルに対して段階的に増加することを示している。この関係を「用量反応関係」と呼ぶ。「騒音レベル(用量)が上がるほど、不快感を訴える住民の割合(反応)が増える」という関係である。具体的には、30 dB(A)未満で1〜2%、35〜40 dB(A)で5〜10%(この付近で不快感の報告が急増し始める)、40〜45 dB(A)で10〜18%、45 dB(A)以上で約50%となる。

以下の表に、各受音点での推定不快感率を、フル出力条件のケース1(穏やかな条件)とケース4(最強伝搬条件)の範囲で示す。

受音点ケース1ケース4推定される不快感
dB(A)dB(A)
海岸線45.551.218〜50%が高度の不快感
内陸3 km38.043.95〜18%が高度の不快感
内陸5 km34.540.5数%〜10%が不快感

海岸線では、もっとも穏やかな条件(ケース1)ですらWHO 2018年ガイドライン(45 dB(A))を超過する。ケース2(強風速勾配条件)では48.5 dB(A)、ケース4(最強伝搬条件)では51.1 dB(A)に達し、住民の就寝時間帯に日本の環境基準夜間値(45 dB(A))を6 dB以上超過する。

内陸3 km(風車から約6 km)でも、ケース2で41.2 dB(A)、ケース4で43.8 dB(A)に達し、10%以上の住民が高度の不快感を報告する水準にある。これらの値はいずれも影山ら(2016)の不眠症リスク増大閾値(40.5 dB(A))を超過している。内陸5 km(風車から約8 km)でもケース4で40.5 dB(A)であり、不快感の急増閾値(35〜40 dB(A))の上端に達する。この値は影山らの閾値と正確に一致し、風車から8 km以上離れた地点においてもなお不眠症リスクの増大が示唆される。

年間平均風速条件(音源レベルが約−5 dB低下)でも、影響は解消されない。

受音点フル出力平均風速影響の目安
dB(A)dB(A)(約\(-\)5)
海岸線45.5\(\sim\)40急増閾値(5–10%が不快感)
内陸3 km38.0\(\sim\)33数%が不快感を報告する水準
内陸5 km34.5\(\sim\)30知覚閾値付近

すなわち、年間平均的な風でもっとも穏やかな伝搬条件でも、海岸線では不快感の急増閾値に達している。いすみ市沖では年間の相当な時間帯でハブ高さ風速が定格風速(10.5 m/s)を超えるため(第9章)、フル出力条件は「最悪ケース」ではなく日常的に発生する条件である。

なお、これらの疫学データは0.5〜3 MW級の陸上風車を対象に収集されたものであり、12〜18 MW級の風車は低周波成分がはるかに強いため、同じdB(A)値でもより大きな不快感を引き起こす可能性が高い。上記の不快感率はなお過小評価と考えるべきである。

12.3.4C特性による評価:低周波騒音問題の診断

A特性は低い音を大幅に差し引くフィルタであるため(第8章)、低周波が支配的な大型風車の騒音をA特性だけで評価すると、音響エネルギーの大部分が見えなくなる。そこで国際的には、C特性(低い音をほぼそのまま反映するフィルタ)とA特性の差(C\(-\)A差)を「低周波騒音問題が存在するかどうか」の診断指標として用いている。ドイツおよびカナダは20 dB以上で低周波騒音問題の存在を認定し、スウェーデンは15 dB以上で追加調査を求めている。

C案のC\(-\)A差は、海岸線で17.0〜17.3 dB、内陸3 kmで19.5〜19.8 dB、内陸5 kmで20.6〜20.9 dBであった(4シナリオの範囲)。すべてスウェーデン基準(15 dB)を大幅に超過し、内陸3 km以遠ではドイツ・カナダ基準(20 dB)にも達する。国際基準に照らせば、いすみ市沿岸から内陸にかけて「低周波騒音問題が確実に存在する」と判定される。

しかもC\(-\)A差は距離が増すほど拡大する。低い音ほど伝搬中に減衰されにくく、遠距離ほど低周波が支配的になるためである。この特性は、A特性のみで評価する日本の現行規制がもっとも影響を過小評価するのが、A特性値が低く「問題なし」と判定される可能性が高い内陸の住宅であることを意味する。

C特性の絶対値も深刻である。カナダ・アルバータ州は農村環境で65 dB(C)を上限とし、Broner(2011)は夜間静穏環境で60 dB(C)を推奨している。C案海岸線では、ケース1でも62.8 dB(C)でBroner基準を超過し、ケース4では68.3 dB(C)に達する。内陸3 kmでもケース4で63.4 dB(C)であり、Broner基準を超過している。

12.3.5日本の規制枠組みの構造的問題

以上の分析は、第5.1節で整理した日本の規制枠組みの構造的弱点が実際にどのような帰結をもたらすかを具体的に示している。

A特性のみによる評価(第5.1.2節)は、C\(-\)A差が17〜21 dBに達する本計画では音響エネルギーの大部分を数値に反映しない。ISO 9613-2の無批判な使用は、ケース2で4.4 dB、ケース4で6.9 dBの過小評価をもたらす。そして3 kmという離岸距離は、もっとも穏やかな伝搬条件(ケース1)ですら海岸線のA特性値がWHO推奨の45 dB(A)を超過するほど不十分である。

環境省の手引書が1/3オクターブバンド音圧レベルによる帯域別評価を求めているにもかかわらず、風力発電の環境影響評価ではこの評価が制度上省略されている(第5.1.3節)。本節の分析は、この制度的空白がいかに深刻な見落としを生むかを端的に示している。A特性で「基準適合」と判断されうる条件下で、環境省自身の手引書の参照値が50 Hz以上の全帯域で超過するのである。

12.3.6低周波帯域の詳細:環境省「手引書」参照値との照合

前項の議論では、総合レベル(A特性、C特性等の合計値)に基づいて国際基準との照合を行った。本項では、帯域別データにより環境省「低周波音問題対応の手引書」(2004年)の心身に係る苦情に関する参照値(第5節)との照合を行う。第12.2.3節ではISO 9613-2ベースラインで同様の照合を行ったが、ここでは伝搬補正を加えた4シナリオの結果を用いる。表25に、C案(18 MW×25基)について、もっとも問題となる40〜80 Hz帯域のZ特性受音レベルを、ケース1(穏やかな条件)からケース4(最強伝搬条件)の範囲で示す。

表25伝搬補正後の低周波受音レベルと手引書参照値の比較:C案(Z特性、dB)。各セルはケース1〜ケース4の範囲。太字は参照値超過。18MW機の音源レベル補正(\(+2\,\text{dB}\))を適用する場合は各値に2 dBを加算する。全帯域の詳細データは付録第D章に収録。
受音点40 Hz50 Hz63 Hz80 Hz
(参照値57)(参照値52)(参照値47)(参照値41)
海岸線54.5–59.754.4–59.654.7–60.553.3–59.1
内陸3 km49.9–55.249.7–55.049.8–55.848.3–54.3
内陸5 km47.8–53.347.5–53.047.5–53.645.8–51.9

ISO 9613-2ベースライン(第12.2.3節)では海岸線の50 Hz以上で参照値を超過していたが、伝搬補正を加えると超過はさらに深刻化する。

海岸線では、ケース4で全4帯域が参照値を超過する。80 Hzでの超過量は最大+18.1 dBと、参照値の約65倍のエネルギーに相当する。穏やかな条件(ケース1)でも50 Hz以上の3帯域で超過しており、ISO 9613-2ベースラインと同様の傾向がより顕著に現れている。

内陸3 kmでは、ケース4で40 Hzを含む全帯域が参照値を超過する。80 Hzでの超過量は+13.3 dB(参照値の約21倍のエネルギー)。穏やかな条件(ケース1)でも63 Hz以上で超過が持続する。

内陸5 km(風車から8 km以上)でも、ケース4で全帯域が参照値を超過する。穏やかな条件(ケース1)でも63 Hzと80 Hzで超過しており、ISO 9613-2ベースラインでは80 Hzのみの超過であったのに比べ、超過帯域が拡大している。

A案およびB案でも同様の傾向が確認される。海岸線の80 Hz帯域では、A案ケース4で60.0 dB(参照値+19.0 dB)、B案ケース4で60.6 dB(参照値+19.6 dB)であり、C案と同等またはそれ以上の超過量である。全帯域の詳細データは付録(第D章)に収録している。

環境省は「参照値以下であっても、低周波音を許容できないレベルである可能性が10%程度残されている」と明記している(2017年通知)。本計算では参照値を大幅に超過しており、その影響は参照値の想定を遙かに超える水準にある。

12.4理論上限値の検証:完全円筒拡散の結果

第11.3節で説明した完全円筒拡散(\(n = 1\))モデルは、音が大気中のダクトに完全に閉じ込められ水平方向にしか広がらないという、物理的にありうる最大の増幅を与える。この理論上限値と前節の4シナリオを比較することで、2つの重要な知見が得られる。

表26に、C案海岸線について、ISO 9613-2ベースライン、4シナリオの最強伝搬条件(ケース4)、および完全円筒拡散の受音レベルを並べて示す。

表26C案・海岸線の受音レベル比較:ISO 9613-2、ケース4、完全円筒拡散(フル出力条件)。18MW機の音源レベル補正(\(+2\,\text{dB}\))を適用する場合は各値に2 dBを加算する。
モデル\(L_p\)(Z)\(L_p\)(A)\(L_p\)(C)\(L_p\)(G)ISO比
dBdB(A)dB(C)dB(G)dB
ISO 9613-265.144.661.168.7—
ケース472.051.168.375.3\(+6.9\)
完全円筒拡散83.062.279.086.6\(+17.9\)

第一の知見:4シナリオの推定は極端ではない ケース4(もっとも強い伝搬条件)でも、完全円筒拡散に対して約11 dBのマージンがある。ISO 9613-2(下限)から完全円筒拡散(上限)まで約18 dBの範囲のうち、4シナリオのケース4は下限から6.9 dBの位置にあり、ちょうど中間よりやや下である。有効拡散指数(\(n = 1.52\)–\(1.78\))はKonishi et al.(2016)が日本近海で実測した\(n = 1.5\)–\(1.8\)と整合する。すなわち、本計算は物理的上限からかなりのマージンを持った中庸な推定であり、過大評価の懸念は小さい。

第二の知見:インフラサウンドは主要な問題ではない 表26のG特性の列を見ると、ケース4で75.3 dB(G)、物理的な最悪条件である完全円筒拡散でも86.6 dB(G)である(いずれも屋外の値)。比較の対象となるデンマーク・エストニアの規制値85 dB(G)は屋内を対象とした基準であり、屋外の音は建物の壁を通って室内に入る際、この低周波帯域でおよそ10 dB減衰する。これを考慮した室内の推定値は、ケース4で約65 dB(G)、最悪条件でも約77 dB(G)となり、いずれも85 dB(G)を下回る。すなわち、超低周波音(インフラサウンド)そのものは、本計画の主要な問題ではない。

これは重要な結論である。風力発電騒音をめぐる議論では「インフラサウンドが健康を害する」という主張がしばしばなされるが、本計算は、いすみ市沖計画の騒音問題の核心がインフラサウンド(20 Hz以下)ではなく、40〜200 Hzの低周波音帯域にあることを示している。この帯域の音は明確に聴取可能であり、前項で示した通り環境省の手引書参照値を大幅に超過する。しかし、A特性フィルタはこの帯域を大幅に減衰させ、G特性フィルタはこの帯域に感度を持たない。いずれの単一指標でも問題の実態は捉えられず、1/3オクターブバンド別の分析のみが問題を正確に評価できる。

12.5振幅変調(AM)効果:時間平均値に隠された脈動の影響

第12.3節の計算結果は、いずれも10分間の時間平均音圧レベル(\(L_\mathrm{eq}\))として算出されている。しかし、風車の音は一定ではない。第3.1節で導入したとおり、ブレードが1回転するたびに音が強くなったり弱くなったりする。この周期的な脈動を「振幅変調(AM)」と呼ぶ。18 MW級風車(3枚ブレード)の場合、約3秒に1回の周期で「ドン……ドン……ドン……」という律動的な音圧変動が生じる。本節では、この振幅変調がいすみ市沖計画の受音レベルに与える定量的な影響を評価する。

振幅変調が問題になる理由は、人間の耳が一定の音よりも脈動する音に敏感だからである。同じ平均レベルでも、脈動する音のほうが「うるさい」と感じられ、睡眠妨害も生じやすい。しかも、脈動のピーク値は平均値より3〜6 dB以上高くなるため、\(L_\mathrm{eq}\)で「基準以内」と判定された音場で、実際にはピーク時に基準を大幅に超える音圧が周期的に住民に届いている。

風車の近くでは「シュッ……シュッ……」という高周波のスウィッシュ音として聞こえるが、数キロメートル離れると高周波は大気に吸収されて消え、低周波の脈動だけが残る。いすみ市沖の3 kmという距離は、まさにこの遷移が起こる領域であり、住民が経験するのは高周波の「風切り音」ではなく低周波の律動的脈動である。この低周波脈動は、夜間の安定大気(風速勾配が大きく、音が下方に屈折する条件)で最も強くなる。すなわち第11.2節のケース4と同じ条件である。

変調の大きさ(変調深度)は、穏やかな条件で2〜4 dB、大気条件が重なった場合には6〜12 dBに達することが複数の実測で確認されている。デンマークや英国では、変調深度が3 dB以上の場合に是正措置や3〜5 dBの騒音ペナルティを課す規制が導入されている。

12.5.1いすみ市沖計画への含意

第12.3節で算出した受音レベル(C案海岸線でケース1 62.8 dB(C)〜ケース4 68.3 dB(C)、A特性で45.5 dB(A)〜51.1 dB(A))は、いずれも10分間の時間平均音圧レベルである。変調深度3〜6 dBを考慮すると、脈動のピーク時にはA特性の\(L_\mathrm{eq}\)よりも3〜6 dB高い瞬時音圧レベルが生じる。すなわち、海岸線でのA特性脈動ピーク値はケース1でも48〜52 dB(A)、ケース4では54〜57 dB(A)に達しうる。

さらに、25基の風車がわずかに異なる回転数で稼働するため、複数のBPFが干渉してうなり(beating)を生じ、変調パターンはさらに複雑になる。この非同期脈動は、単一の風車からの規則的な脈動よりも予測困難であり、知覚上の不快感を増大させる要因となる。

加えて、EAMは夜間の安定大気条件下(風速勾配が大きく、失速が生じやすい条件)で最も頻繁に発生する。これは、第11.2節で述べたVan den Berg効果(夜間の強い風速勾配により地上は静穏であるにもかかわらずハブ高さでは強風が維持され、かつ安定大気が音を下方に屈折させる)と完全に一致する。すなわち、最も強い脈動が最も効率的な伝搬条件下で最も長距離まで到達し、かつそれが住民の就寝時間帯に重なるという三重の悪条件が成立する。

以上から、第12.3節の時間平均値は、いすみ市で実際に住民が経験する騒音環境の下限推計として理解すべきであり、脈動効果を含めた実際の影響はこれを有意に上回る。

12.6日常的な体感との比較:大型トラックのアイドリング騒音

本章の計算結果はデシベル値で示されているが、数値だけでは騒音の体感的な大きさを把握しにくい。ここでは、経済産業省「大規模小売店舗から発生する騒音予測の手引き」(第2版、2008年)に掲載されている日本の大型トラックのアイドリング時のA特性音響パワーレベル(約87 dB(A))18を基準として、本章で計算した受音レベルを距離に換算する。

点音源からの自由音場における音圧レベルは\(L_p = L_W - 20\log_{10}(r) - 11\)で近似されるから、大型トラック(\(L_W = 87\,\text{dB(A)}\))のアイドリング騒音が受音レベル\(L_p\)と等しくなる距離\(r\)は以下のように求まる。

受音レベル \(L_p\) [dB(A)]トラックまでの距離該当する条件の例
50 dB(A)約20 m(道路を挟んだ向かい側)海岸線・フル出力・最強伝搬条件
45 dB(A)約35 m海岸線・フル出力・穏やかな条件
40 dB(A)約60 m(田んぼ1枚分)海岸線・年間平均風速・穏やかな条件
35 dB(A)約110 m内陸5 km・フル出力・穏やかな条件

すなわち、最悪の気象条件下でフル出力で稼働した場合、海岸線の住民が受ける騒音は、約20 m先(自宅の前の道路を挟んだ向かい側)で大型トラックがアイドリングしているのと同程度の騒音レベルとなる。穏やかな条件でも約35 m先、年間平均風速でも約60 m先に相当する。

ただし、この比較には2つの重要な相違点がある。第一に、トラックはやがて立ち去るが、風車の音は風が吹く限り一晩中続く。第二に、3 km以上の海上伝搬を経た風車騒音は高い周波数の成分が大気吸収で失われ、低い音ばかりが残る。低い音は窓や壁を透過しやすいため、窓を閉めても遮断しにくく、トラックのアイドリング騒音よりも屋内での体感的な影響は大きい可能性がある。

12.7総合評価

本章の分析結果を総合する。3つの配置案(A案:15MW×35基、B案:12MW×42基、C案:18MW×25基)はいずれも総出力450〜525 MW級であり、計算結果は配置間で1 dB–2 dB程度の差に収まった。すなわち、騒音影響はどの配置を選んでもほぼ同等である。以下に、第12.3.3節〜第12.3.5節の分析を踏まえた住民影響の総括を示す。

海岸線の住民への影響 海岸線でのA特性レベルは、フル出力時に約45 dB(A)(穏やかな伝搬条件、ケース1)から約51 dB(A)(最強伝搬条件、ケース4)である。年間平均風速条件(音源レベルが約−5 dB低下)では、穏やかな伝搬条件(ケース1)でも約40 dB(A)となる。

第3.4節でまとめた疫学データに照らすと、フル出力・ケース1の45 dB(A)は用量反応曲線で住民の約半数が不快感を報告する水準に相当する(米国全国調査:45 dB(A)以上で約50%)。年間平均風速のケース1でも約40 dB(A)であり、10〜18%の住民が高度の不快感を報告する水準(40〜45 dB(A))に達している。また、影山ら(2016)が報告した日本国内における不眠症リスク増大の閾値(40.5 dB(A))をフル出力条件では全シナリオで大幅に超過し、年間平均風速条件でもほぼこの閾値に達する。風車騒音は同等レベルの交通騒音より約17 dB分強い不快感を引き起こすことが複数の研究で確認されており、道路騒音に換算すれば40 dB(A)の風車騒音は57 dB(A)の交通騒音に相当する。

重要なのは、これらの疫学データが0.5〜3 MW級の陸上風車を対象に収集されたものであるという点である。12〜18 MW級の洋上風車は低周波成分がはるかに強いため、同じdB(A)値でもより大きな不快感を引き起こす可能性が高い。上記の不快感率は過小評価と考えるべきである。

内陸住民への影響 内陸3 km(風車から約6 km)でも、フル出力のケース4で約44 dB(A)に達し、10〜18%の住民が高度の不快感を報告する水準にある。この値は影山らの不眠症閾値(40.5 dB(A))を3 dB以上超過している。内陸5 km(風車から約8 km)でもケース4で約41 dB(A)であり、なお5〜10%の住民が不快感を報告する急増閾値(35〜40 dB(A))を超えている。この値も影山らの閾値をわずかに超過しており、風車から8 kmの距離でもなお不眠症リスクの増大が示唆される。

A特性が捉えない影響 上記のA特性値は問題の一面にすぎない。同じ物理的音場のC特性値は海岸線で約63〜69 dB(C)であり、A特性との差(C\(-\)A差)は約17 dBに達する。この差は距離とともに拡大し、内陸5 kmでは約21 dBとなる。第3.4節で整理した国際基準では、C\(-\)A差が15 dBを超えれば「追加調査が必要」(スウェーデン)、20 dBを超えれば「低周波騒音問題が存在する」(ドイツ・カナダ)と判定される。いすみ市沿岸から内陸にかけて、これらの閾値がすべて超過している。

さらに、環境省「手引書」の心身苦情参照値は、50 Hz以上の帯域でISO 9613-2ベースラインですら超過しており、伝搬補正を加えるとすべての受音点・すべてのシナリオで63 Hz以上が参照値を超える。

時間平均値が隠す実態 第5.1節で述べた通り、日本の規制では毎正時に10分間の\(L_\mathrm{Aeq}\)を測定し、夜間8時間(22時〜6時)にわたってエネルギー平均し、さらにそれを複数夜にわたって平均した値で評価する。この多重平均化の結果、特定の時間帯に騒音が著しく高くても、同じ夜の他の時間帯や他の夜との平均で「薄められる」。

いすみ市沖の風車騒音には2種類の時間変動がある。第一に、気象条件による変動である。本章の4シナリオが示す通り、穏やかな条件(ケース1)と最強伝搬条件(ケース4)の差は約6 dBに及ぶ。夏季夜間に安定大気・強い風下屈折・海上ダクトが形成される数時間には海岸線で51 dB(A)に達するが、同じ夜の他の時間帯が45 dB(A)程度であれば、8時間の\(L_\mathrm{Aeq}\)はその中間に落ち着く。さらに、ダクト条件が成立しない夜と平均すれば、評価値はさらに下がる。第二に、各風車はわずかに異なる回転数で稼働するため、25〜35基の脈動は周期的に位相が揃い互いを増幅し合う、いわゆる「うなり」現象が生じる(振幅変調、第12.5節)。このピーク値は平均値より3〜6 dB以上高く、\(L_\mathrm{Aeq}\)はこの脈動を平均化するため評価値には反映されない。

この結果、多重平均された評価値が規制の目標値以内に収まったとしても、住民は年間の相当な時間帯にわたって目標値を大幅に超える騒音に曝される。疫学調査が示す不快感や睡眠障害は、まさにこのような最悪の時間帯に生じるものであり、平均値が「基準内」であることは住民が影響を受けないことを意味しない。第12.6節の比較が示すように、これらの騒音レベルは大型トラックが20〜60 m先で一晩中アイドリングしている状況に相当し、しかもその音は低周波に偏っているため窓を閉めても遮断しにくい。そして最悪の条件(夏季夜間の安定大気、強い風下屈折、海上ダクト形成)は、住民が就寝中の時間帯に最大の騒音エネルギーが到達し、かつその音は低周波に著しく偏っているため木造住宅の壁では十分に遮蔽できない条件と一致する。この組み合わせが、いすみ市沖洋上風力発電計画における最大の環境リスクである。

18経済産業省商務情報政策局流通政策課「大規模小売店舗から発生する騒音予測の手引き(第2版)」表7。https://www.meti.go.jp/policy/economy/distribution/daikibo/downloadfiles/tebiki-main-2.pdf