結論と提言
本書では、いすみ市沖に12〜18 MW級洋上風車25〜42基(総出力450〜525 MW)が海岸線から約3 kmに設置された場合の騒音影響を、国内外の事例調査、日本の法制度の分析、および音響工学に基づく伝搬計算の3つの観点から検討した。以下に主要な知見を要約する。
第2章の調査により、公開情報に基づく限り、10 MWを超える大型風車を海岸から10 km未満に商業規模で設置した事例は、計画段階のものを含めて日本以外には確認できなかった(ただし、本調査がすべての計画を網羅している保証はない)。欧州および中国の大規模洋上風力発電所は海岸線から10 km以上(多くは20〜100 km以上)離れた沖合に建設されるのが通例である。日本と同様に急深な海域を持つノルウェーは、30 GWの洋上風力を浮体式で沖合に展開する国家計画を推進している。いすみ市沖の3 kmという離岸距離は、国際的に見て極めて異例であり、騒音影響の観点から特に慎重な検討を要する。
第3章では、スウェーデン、オランダ、カナダ、米国、英国、ノルウェー、ポーランドの7か国で実施された住民健康調査を整理した。これらの調査が一貫して示すのは、風車騒音は比較的低いレベルから住民に不快感を与えるという事実である。
具体的には、35 dB(A)を超えると不快感の発生率が急増し始め、35〜40 dB(A)で約5〜10%の住民が高度の不快感を報告する。40〜45 dB(A)ではこの割合が18〜50%に上昇し、45 dB(A)以上では住民の約半数が不快感を報告する。さらに、風車騒音は同等のレベルの交通騒音と比較して著しく高い不快感を引き起こすことが複数の研究で確認されている。これは、風車特有のスウィッシュ音(ブレードが空気を切る音)や脈動的な音質に起因すると考えられている。
日本国内でも、影山ら(2016)が風力発電所周辺住民1,079名を対象とした全国調査を行い、屋外騒音レベル40.5 dB(A)を閾値として不眠症の有病リスクが有意に増大し、41〜45 dB(A)の曝露群では有病率が約5倍に上昇することを報告している。
これらの調査は主に0.5〜3 MW級の陸上風車を対象としたものであり、12〜18 MW級の巨大洋上風車についての疫学データは存在しない。大型風車は低周波成分がはるかに強いため、同じdB(A)値でもより大きな不快感を引き起こす可能性が高く、上記の不快感率は過小評価と考えるべきである。
第4章および第5章の分析により、日本の風力発電騒音に関する規制制度には以下の構造的弱点があることが明らかとなった。
第一に、騒音予測に用いる計算モデルの選択が事業者の裁量に委ねられている。本書の分析が示すように、モデルの選択と気象条件の設定は結果に決定的な影響を与え、ISO 9613-2の標準計算と夜間安定大気を考慮した計算では約9 dB(エネルギーで約8倍)の差が生じる。事業者が最も楽観的なモデルと条件を選択すれば、「基準内」という結果を容易に導くことができる。
第二に、騒音評価がA特性の単一値のみで行われ、大型風車が主に発する低周波音のエネルギーが評価から除外される。デンマークのように低周波音に対する独立した基準を設けている国とは対照的に、日本には低周波音に基づく騒音規制基準が存在しない。
第三に、日本の制度では騒音を複数夜にわたって平均化して評価する(\(L_\mathrm{Aeq}\)の8時間×複数夜平均)ため、特定の夜間に騒音が著しく高くても「薄められる」構造になっている。最悪の条件(夏季夜間の安定大気、強い風下屈折、海上ダクト形成)は住民の就寝時間帯に集中するが、この影響はダクト条件が成立しない夜との平均化により評価値に十分反映されない。
第四に、環境影響評価図書の公開が法定の縦覧期間(30〜45 日程度)に限られ、期間終了後は事業者が文書を削除できるため、第三者による事後的な検証が極めて困難である。
第6章では、4社コンソーシアムが計画段階環境配慮書で提示した騒音予測値(A案32.0 dB(A)、B案32.6 dB(A))の再現を試みた。この検証では、事業者にとってもっとも有利な条件(実際の風車の騒音特性(低い音に偏ったスペクトル)ではなく、すべての周波数に音を均等に配分したフラットスペクトルという非現実的な仮定)を用いてISO 9613-2に基づく独立計算を行った。それでもなお、物理的にもっとも妥当な条件(海面反射\(G=0\)、年間平均気象条件)では36〜37 dB(A)となり、提示値を4〜5 dB上回った。提示値に近い数値が再現できたのは、年平均よりも高温高湿な条件を仮定し、かつ海面による音の反射を完全に無視した場合のみであった。海上を伝搬する音が海面で反射しないという仮定は物理的に現実的ではなく、提示値の根拠には疑問が残る。なお、次項で述べるように、大型風車の実測スペクトルデータを用いると事業者の予測値との差はさらに大幅に拡大する。
第10章のスケーリング解析により、12〜18 MW機1基の騒音出力は定格出力時で118〜120 dB(A)、25〜35基の合計で132〜135 dB(A)と推定された。年間平均風速(8 m/s)では約4〜6 dB低下する。
ISO 9613-2に実測スペクトルを適用するだけで、海岸線の受音レベルは44〜46 dB(A)となり、事業者の予測値(約32 dB(A))を約13 dB(エネルギーにして約20倍)上回る。風速勾配・温度逆転による増幅効果を4段階のシナリオで加味した結果(第11章・第12章)を以下に示す(フル出力条件)。
| 受音点 | 重み付け | 穏やかな条件 | 最強伝搬条件(夜間安定大気) |
|---|---|---|---|
| 海岸線 | dB(A) | 約45 | 約51 |
| 80 Hz帯 dB(Z) | 約53 | 約59 | |
| 内陸3 km | dB(A) | 約38 | 約44 |
| 80 Hz帯 dB(Z) | 約48 | 約54 | |
| 内陸5 km | dB(A) | 約35 | 約41 |
| 80 Hz帯 dB(Z) | 約46 | 約52 | |
| 注:80 Hz帯の環境省「手引書」参照値は41 dB(Z特性)。年間平均風速では各値から約4〜6 dBを差し引く。 | |||
事業者が提示した約32 dB(A)から本書の最強伝搬条件での52 dB(A)まで、約20 dB(エネルギーで約100倍)の開きがある。
A特性の数値は到達する音響エネルギーの一部しか反映していない。C特性で測定すると海岸線で63〜68 dB(C)に達し、A特性との差は17〜21 dB(内陸ほど拡大)である。国際的な基準ではこの差が15 dBを超えれば「追加調査が必要」(スウェーデン)、20 dBを超えれば「低周波騒音問題が存在する」(ドイツ・カナダ)と判定される。いすみ市沿岸から内陸にかけて、これらの閾値はすべて超過している。
環境省「低周波音問題対応の手引書」の参照値(心身に係る苦情の診断基準、法的拘束力はないが「この値を超えれば苦情が生じる可能性が高い」水準)との照合では、80 Hz帯域(参照値41 dB)に対して、ISO 9613-2ベースライン(伝搬補正なし)の時点で既に海岸線で+10〜+12 dBの超過、最強伝搬条件では+20 dBの超過(参照値の約100倍のエネルギー)となる。内陸5 kmですら全条件で超過する。この超過は基本物理のみから導かれ、モデル選択や気象仮定では解消できない。第1.7節で紹介した田鎖(2024)の北海道「有望な区域」に関する試算においても、低周波帯域の中で80 Hzが最も広い影響範囲を生じることが独立に確認されており、本書のいすみ市沖に関する計算結果はこの知見と整合する。80 Hz帯が最も問題となるのは、この周波数帯では大気吸収による減衰が小さい一方、環境省の参照値が相対的に低い(41 dB)ため、到達レベルと参照値の乖離が最大となるためである。なお、環境省は「参照値以下であっても許容できない可能性が10%程度残されている」と認めている一方、風力発電の環境影響評価においてこの参照値との照合は制度上義務付けられていない(第4章参照)。日本には現在、低周波音に基づく騒音規制基準が存在しない。
上記の値はいずれも時間平均値であり、風車騒音に特有の振幅変調(AM)を含んでいない。脈動のピーク値は平均値より3〜6 dB高く、海岸線のA特性瞬時ピークは穏やかな条件でも48〜52 dB(A)、最強伝搬条件では54〜57 dB(A)に達しうる。
上記の計算は風下条件(海から陸への風)を前提としている。第9章の気象分析によれば、この条件は年間の約25〜35%の時間帯で発生し、夏季夜間に限定すると50%以上に達する。風が陸から海に向かう場合でも、受音レベルを支配する低周波成分(10〜200 Hz)は波長が長く、風上屈折による音影域の形成が不完全であるため、風下条件と比較した低減量は数dB程度にとどまると推定される。すなわち、騒音影響は風下時間帯に限定されるものではない。
第12.6節の比較が示すように、海岸線でのフル出力・最強伝搬条件(約50 dB(A)以上)は大型トラックが約20 m先(道路を挟んだ向かい側)でアイドリングしている状況に、穏やかな条件(約45 dB(A))は約35 m先に相当する。ただし、トラックはやがて立ち去るが、風車の音は風が吹く限り一晩中続き、しかも海上伝搬で高い音が失われ低い音ばかりが残るため、窓を閉めても遮断しにくい。
これらの値を第13.2節の疫学データと照合すると、海岸線でのフル出力・穏やかな条件(45 dB(A))ですでに住民の約半数が不快感を報告する水準に相当する。年間平均風速でも約40 dB(A)であり、10〜18%の住民が高度の不快感を報告する水準に達している。この水準は影山ら(2016)が報告した不眠症リスク増大の閾値(40.5 dB(A))にほぼ一致する。最強伝搬条件での51 dB(A)は、調査対象のすべての研究において深刻な影響が報告されるレベルである。
本書の分析は、事業者の環境影響評価に先立つ独立した技術的検討として実施したものであり、計画の可否を判断するものではない。しかし、上記の知見を総合すると、いすみ市沿岸の住民に対して相当程度の騒音影響が生じると結論せざるを得ない。とりわけ深刻なのは低周波帯域の状況である。80 Hz帯域の受音レベルは、ISO 9613-2ベースライン(伝搬補正なし・風下条件のみ)の時点で既に環境省参照値を+10〜+12 dB超過しており、この超過は音源スペクトルと距離という基本物理のみから導かれる。風速勾配や温度逆転を加味すれば超過量は最大+20 dBに拡大し、風向が逆であっても低周波帯域の低減は数dBにとどまる。すなわち、低周波騒音の参照値超過は、風向・気象条件・伝搬モデルの選択にかかわらず、風車が稼働する限り常態的に生じる。A特性の評価値が「基準内」に収まる条件であっても、低周波帯域では参照値を大幅に超過し続けるのである。
さらに、日本の規制で用いられるA特性による評価は、到達する音響エネルギーの大部分を数値から除外するため、「基準内」という評価結果が住民に影響がないことを意味しない。最悪の条件(夏季夜間の安定大気、強い風下屈折、海上ダクト形成)は、住民が就寝中の時間帯に最大の騒音エネルギーが到達し、かつその音は低周波に著しく偏っているため木造住宅の壁では十分に遮蔽できない条件と一致する。この組み合わせが、いすみ市沖洋上風力発電計画における最大の環境リスクである。