いすみ市沖洋上風力プロジェクト 騒音影響評価← 前へ目次次へ →

3.国内外の風力発電所周辺における騒音苦情の記録

本章では、風力発電所の騒音が周辺住民に与える影響について、国内外の疫学調査および政府機関の調査結果を整理する。第3.1節では、主要国で実施された用量反応(dose-response)研究の知見を概観し、どの程度の騒音レベル(dB(A))で住民の苦情・不快感が生じるかを明らかにする。第3.3節では、洋上用大型風車を居住地近傍で稼働させた数少ない実例として、スコットランド・ハンターストン試験施設の経過を報告する。

騒音の測定に用いる重み付け(A特性、C特性、G特性、Z特性)の基本的な定義については第1.5節で説明した。各重み付けの物理的意味および定量的な違いについては第8章で詳述する。

本章で概観する疫学研究の大部分はA特性(dB(A))に基づいて騒音レベルを評価しており、これが風車騒音研究の標準的な指標となっている。しかし、C特性やG特性を用いた評価基準・研究知見も一部存在する。以下では、まずdB(A)に基づく主要な用量反応研究を整理したうえで、dB(C)およびdB(G)に関する知見を補足し、いすみ市沖計画に対する含意を検討する。

3.1疫学調査に基づく騒音苦情の用量反応関係

風力発電所の騒音と住民の不快感(annoyance)の関係は、2000年代以降、スウェーデン、オランダ、カナダ、米国、英国、ノルウェー、ポーランドなどで体系的に調査されてきた。これらの研究はいずれも、A特性音圧レベル(dB(A))と住民の自己申告による不快感の間に統計的に有意な用量反応関係が存在することを確認している。以下に主要な研究の知見を整理する。なお、これらの研究で対象となった風車は主に0.5〜3 MW級の陸上風車であり、住民との距離は数百メートルから数キロメートル程度である。

上記はいずれも海外の研究であるが、日本国内においても大規模な疫学調査が1件実施されている。大分県立看護科学大学の影山隆之教授らは、日本全国の風力発電所周辺住民1,079名を対象とした社会音響調査を行い、屋外の騒音レベル40.5 dB(A)を閾値として、不眠症の有病リスクが統計的に有意に増大することを報告した7。具体的には、高騒音曝露地域(41〜45 dB(A))における不眠症の有病率は低騒音地域と比較して約5倍であった。この研究は日本における風車騒音の健康影響に関する唯一の大規模疫学調査であり、海外の知見とも整合する重要な成果である。

しかし、この研究の知見は日本の規制に反映されていない。環境省が2017年に公表した「風力発電施設から発生する騒音に関する指針」は、「人の健康に直接的に影響を及ぼす可能性は低い」と結論づけているが、影山らの調査結果を指針策定の根拠として採用していない。田鎖(2023)はこの点を「風車騒音と無関係の科学的知見に基づき指針値を定めている」問題として指摘しており8、国内で実施された疫学的エビデンスが政策に活用されていない構造的問題が存在する。

以上の知見を総合すると、風車騒音に対する住民の不快感は概ね以下のように段階的に増加する:30 dB(A)未満ではごく少数(1〜2%)、30〜35 dB(A)で数パーセント、35〜40 dB(A)で5〜10%(急増の閾値)、40〜45 dB(A)で10〜18%、45 dB(A)以上で約50%。WHO(世界保健機関)の2018年環境騒音ガイドラインでは、風車騒音に対して条件付きで\(L_\mathrm{den}\) 45 dB(A)の推奨値が設定されているが、上記の研究群はそれよりも低い35 dB(A)付近から有意な影響が生じることを示している。また、風車騒音は同等レベルの交通騒音と比較して17〜18 dB分、より強い不快感を引き起こすことが複数の研究で確認されている。

風車騒音が同じdB(A)値の交通騒音よりも強い不快感を引き起こす主な要因の一つが、「振幅変調(amplitude modulation, AM)」である。風車のブレード(羽根)がタワー(支柱)の前を通過するたびに、空気が急激に圧縮・開放され、音圧が周期的に強くなったり弱くなったりする脈動が生じる。3枚ブレードの大型風車の場合、この脈動は約1〜2秒に1回の頻度で繰り返される。風車の近くでは「シュッ……シュッ……」という高周波のスウィッシュ音として聞こえるが、数キロメートル離れると高い音は空気に吸収されて消え、低い音の脈動だけが残る。この低周波の律動的脈動は、一定の音よりも人間の知覚を強く刺激し、特に就寝時には睡眠の妨げとなりやすい(Van den Berg, “The beat is getting stronger: the effect of atmospheric stability on low frequency modulated sound of wind turbines,” J. Low Freq. Noise Vib., 24(1), 2005)。

上記の疫学研究においてスウェーデンの調査が「スウィッシュ音」「脈動音」との強い相関を報告しているのは、まさにこの振幅変調の影響を捉えたものである。しかも、この脈動は夜間の安定大気(上空で強風が吹き、地上付近は穏やかな条件)でもっとも強まることが実測で確認されている。この振幅変調がいすみ市沖計画においてどの程度の定量的影響をもたらすかは、第12.5節で詳しく分析する。

各国の現行規制値は、夜間で35〜60 dB(A)と大きなばらつきがある。多くの国は夜間40〜45 dB(A)を採用しているが、上記の疫学的知見に基づけば、この水準でも10〜18%の住民が高度の不快感を報告する可能性がある。バーモント州の公衆衛生報告書(2017年)は、不快感を最小化するために年間平均35 dB(A)の制限を推奨している。

重要な留意点として、上記の研究はすべてA特性(dB(A))に基づいて騒音レベルを評価している。A特性は人間の聴覚特性に合わせて低周波成分を減衰させるフィルタであり、音源近傍での広帯域騒音の評価には適しているが、長距離伝搬後に低周波が支配的となった音場では、実際のエネルギーを系統的に過小評価する。上記の研究で対象となった風車は0.5〜3 MW級であり、住民との距離は概ね数百メートルから数キロメートル程度であった。いすみ市沖の計画(18 MW級、離岸3 km)では、風車の出力規模が桁違いに大きく、かつ伝搬距離が長いため、到達する音のスペクトルは上記の研究で観測されたものよりも低周波に偏る。したがって、同じdB(A)値であっても、いすみ市のケースでは低周波エネルギーの寄与がはるかに大きく、住民への影響はこれらの研究が示す水準を上回る可能性がある。

この問題を定量的に評価するため、本書ではA特性(dB(A))に加えてC特性(dB(C))による騒音レベルも算出する。C特性は低周波成分をA特性ほど減衰させないフィルタであり、低周波が支配的な音場をより正確に反映する。A特性とC特性の詳細な物理的説明および両者の差が距離とともに拡大するメカニズムについては、第8章で詳述する。

3.2低周波騒音に関する国際的規制基準:dB(C)およびdB(G)による評価

前節で概観した疫学研究はいずれもA特性(dB(A))に基づいているが、A特性が低周波騒音を過小評価する問題は国際的に認識されており、一部の国や地域ではC特性(dB(C))やG特性(dB(G))を用いた補完的な評価基準を導入している。また、国際規格や専門家の提言においても、dB(C)とdB(A)の差を低周波騒音問題の診断指標として用いる手法が確立されている。本節では、第12章で計算結果を照合する際に用いる数値基準(各国が定める閾値・上限値)を整理する。これらの基準が各国の規制制度の中でどのように運用されているか(使用する予測モデルの指定、情報開示の要件など)については、第5.6節で別途検討する。

3.2.1dB(C)に基づく規制・評価基準

3.2.2dB(G)に基づく規制・評価基準

3.2.3周波数帯域別の評価

3.2.4日本の現状:dB(C)・dB(G)基準の不在

上記の国際的規制と対照的に、日本の環境省は風力発電の環境影響評価においてC特性(dB(C))の基準もG特性(dB(G))の基準も設けていない。2017年の環境省ガイドラインでは「現時点では風力発電設備から発生する超低周波音・低周波音と健康影響との明らかな関連を示す知見は確認できない」として、超低周波音を評価対象から除外し、A特性(dB(A))のみで騒音を評価している。

ドイツ、カナダ、オーストラリアが「C特性とA特性の差が15〜20 dB以上であれば低周波騒音問題が存在する」と定めている国際基準に照らすと、この姿勢は重大な評価上の空白を生む。

3.3大型風車の近距離運用事例:スコットランド・ハンターストン

前節では、主に0.5〜3 MW級の陸上風車に関する疫学調査の知見を整理した。本節では、より大型の洋上用風車(6〜7 MW級)を居住地から約2.5 kmの距離で稼働させた数少ない実例として、スコットランド・ハンターストン洋上風力タービン試験施設の経過を報告する。

3.3.1施設の概要

英国・スコットランド(ノース・エアシャー州)に位置するハンターストン試験施設は、SSE Renewables(スコットランドの電力事業者)が運営する、洋上風力用プロトタイプ・タービンの陸上試験場として2012年に設置許可を受けた。英国初の洋上風車陸上試験施設であり、当初5年間の試験期間が計画された。

施設名称

国立ハンターストン洋上風力タービン試験施設(National Offshore Wind Turbine Test Facility at Hunterston)

設置機種

Siemens製 6 MW機(全高177 m)およびMitsubishi SeaAngel 7 MW機(全高193.5 m)の2基。いずれも洋上用のプロトタイプであるが、試験のため海岸線上(オンショア)に設置された。

周辺環境

対岸のフェアリー村(Fairlie)までの距離は約2.5 km(約1.5マイル)。カンブレー島(Isle of Cumbrae)およびラーグス(Largs、約8 km地点)も施設の周辺に位置する。

3.3.2住民からの苦情

施設の稼働開始後、フェアリー村を中心とする周辺住民から騒音および体調不良に関する苦情が寄せられた。最終的に、フェアリーおよびカンブレー島の計17名の住民(うち2名は子供)が公式に苦情を提出した(Largs and Millport News, 2017)。

フェアリー地域協議会議長のRita Holmes氏(タービンから約2.5 km居住、自身は風力発電の原則的支持者)は、調査報道メディアThe Ferretの取材に対し次のように証言している:「単に少しめまいがする程度の話ではない…平衡感覚が失われ、まともに歩けなくなる状態だ。家にいると発話が困難になり、頭が破裂しそうな感覚に襲われる。」Holmes氏は少なくとも13名が影響を受けたと主張している。

フェアリー村の別の住民で化学者のJackie Pearson博士は同じ取材に対し、「最悪な気分だ、漠然とした吐き気のような、倦怠感のような…まるで巨大な低音用スピーカーが設置されたディスコにいるようで、聞こえるというより感じるんだ」と述べている。

カンブレー島(ミルポート)のKaren Brodie氏は、めまい、耳鳴りの増悪、「地面に引きずり倒されるような感覚」を訴え、原因を特定するためにGP(一般医)およびCrosshouse病院のENT(耳鼻咽喉科)専門医を1年以上受診し続けたが、診断に至っていないと報告している。Brodie氏によれば、島内で少なくとも5名が同様の症状を訴えている。

特筆すべきは事業者の対応である。複数の報道(The Ferret, 2017; Shetland News, 2025)によれば、SSEは風車を稼働させる前にフェアリー村の住民に電話で事前通知を行い、住民は稼働期間中、自宅から離れた場所に避難していた。この事前通知の慣行は、SSE自身が住民への何らかの影響を認識していたことを示唆するものとして、後のViking風力発電所訴訟においても言及されている。

3.3.3公的機関の見解

住民の訴えに対し、公的機関は以下の見解を示した。

NHS Ayrshire and Arran(英国国民保健サービス)

2009年から2016年のGP(一般医)データを分析した結果、「ハンターストンのタービン設置後、フェアリーおよび周辺地域でめまいの報告件数が増加した証拠はない」とし、「報告された症状がハンターストン風車に起因するという確証的な証拠はない」と結論づけた。ただし、2017年8月の再声明において、タービンが健康影響を引き起こしている可能性を「完全に排除することはできない」とも付記している。

スコットランド政府(エネルギー・気候変動局)

「超低周波音または低周波騒音による健康影響の証拠はない」との立場を示した。この見解は、音響学会(IoA)のBulletin(2009年)を含む既存の調査研究に基づくものとされている。

ノース・エアシャー議会(環境衛生部門)

SSEのタービンは許可条件で定められた騒音制限値の範囲内で稼働しており、SSEが実施した低周波モニタリングも現行ガイダンスに適合していると評価した。

3.3.4専門家からの異議

上記の公的見解に対し、一部の専門家は異なる立場を表明している。2017年9月のグラスゴー騒音セミナーにおいて、Yelland博士およびAlves-Pereira教授は、現行の低周波音モニタリング機器は被害の原因として疑われる超低周波領域を記録するよう設計されておらず、「現行のモニタリングは目的に適合していない」と証言した。

すなわち、公的機関の「証拠がない」という結論と、専門家の「測定手法が証拠を捉えられない」という指摘は、必ずしも矛盾しない。「測定機器で検出されなかった」ことが「影響が存在しない」ことを意味するかどうかは、現時点で科学的に決着していない問題である。

3.3.5施設の経過と結末

2017年1月、SSEはノース・エアシャー議会に対し施設の2年間延長を申請した。住民からの異議が提出され、議会が期限内に決定を下さなかったため、SSEはスコットランド政府の計画・環境不服審査局(DPEA)に控訴した。最終的に施設は延長されず、Mitsubishi SeaAngel(7 MW)は2018年に、Siemens(6 MW)は2019年に解体され、試験施設は閉鎖された。SSE Renewablesは、ハンターストンでの試験データがモーレイ湾沖のベアトリス洋上風力発電所(588 MW、84基)の建設に貢献したとしている。

3.3.6いすみ市沖計画との比較

ハンターストンの事例は、健康影響の因果関係について結論が出ていないものの、洋上用大型風車を居住地近傍で稼働させた際に住民紛争が生じた数少ない実例として参考に値する。いすみ市沖の計画との主要な相違点を以下に示す。

ハンターストンではわずか2基の試験運転で住民紛争に至り、公的機関と住民・専門家の間で見解の対立が解消されないまま施設が閉鎖された。いすみ市沖の計画はこれより大幅に大規模であり、かつ海上伝搬により低周波成分が効率的に到達する条件にある。因果関係の科学的評価が確定していない段階であっても、予防原則の観点から、住民への影響について慎重な事前評価が不可欠であることを、ハンターストンの経験は示唆している。

3.3.7参考文献・リンク集

本章の記述は、以下の報道および公開資料に基づいている。

3.4本章の要約:第12章の照合に用いる主要基準

本章で整理した国際的知見は、第12章で計算結果を評価する際の基準となる。読者の便宜のため、以下に繰り返し参照する主要な数値をまとめる。

A特性による不快感の用量反応関係(第3.1節) スウェーデン、オランダ、カナダ、米国、ノルウェー等の大規模疫学調査から、風車騒音と住民の不快感には以下の段階的な関係が確認されている。

A特性レベル高度の不快感を報告する住民の割合
30 dB(A)未満1〜2%
30〜35 dB(A)数%(カナダの調査で約1%)
35〜40 dB(A)5〜10%(急増の閾値)
40〜45 dB(A)10〜18%
45 dB(A)以上約50%

WHOの2018年ガイドラインは\(L_\mathrm{den}\) 45 dB(A)を推奨しているが、複数の研究はそれより低い35 dB(A)付近から有意な影響が生じることを示している。また、風車騒音は同等レベルの交通騒音と比較して約17 dB分、より強い不快感を引き起こす。

重要な留意点として、これらの疫学調査は主に0.5〜3 MW級の陸上風車を対象としている。12〜18 MW級の洋上風車は低周波成分がさらに強いため、同じdB(A)値でもより大きな不快感を引き起こす可能性が高い。上記の不快感率は過小評価と考えるべきである。

日本国内の疫学調査(第3.1節) 影山ら(2016)による日本全国の風力発電所周辺住民1,079名を対象とした調査は、屋外騒音レベル40.5 dB(A)を閾値として不眠症の有病リスクが有意に増大し、41〜45 dB(A)の曝露群では有病率が約5倍に上昇することを報告している。この知見は上記の海外研究と整合するが、環境省の2017年指針には反映されていない。

C-A差による低周波騒音の診断基準(第3.2節) C特性とA特性の差(C\(-\)A)は、A特性が見落としている低周波エネルギーの指標として国際的に確立されている。主要な診断基準は以下の通りである。

国・基準C\(-\)A閾値判定
スウェーデン\(> 15\,\text{dB}\)追加調査を推奨
ドイツ DIN 45680\(> 20\,\text{dB}\)低周波騒音が存在すると判定
カナダ・アルバータ州\(> 20\,\text{dB}\)低周波騒音問題の存在を認定
オーストラリアNSW\(> 15\,\text{dB}\)A特性値に+5 dBの修正を適用

また、Broner(2011)は静穏な環境で夜間60 dB(C)、Hessler & Hessler(2011)は65 dB(C)を住宅地の上限として提案している。日本にはC特性に基づく評価基準が存在しない

G特性によるインフラサウンドの規制基準(第3.2節) 超低周波音(インフラサウンド)については、デンマークとエストニアが屋内\(L_{pG} \leq 85\,\text{dB(G)}\)の基準を設けている。ポーランドの最新の研究は、85 dB(G)で人口の約1.5%が聴取可能、90 dB(G)で約11.5%が聴取可能と推定している。日本にはG特性に基づく評価基準が存在しない。

大型風車の近距離運用事例(第3.3節) スコットランド・ハンターストンでは、6〜7 MW級の洋上用プロトタイプ風車わずか2基を海岸線上で試験運転したところ、約2.5 km離れた村から17名の住民が公式に苦情を提出した。報告された症状にはめまい、平衡感覚の喪失、吐き気、耳鳴りの増悪が含まれる。事業者は稼働前に住民に電話で通知を行い、住民は稼働中に自宅から避難していた。施設は延長されず閉鎖された。いすみ市沖の計画は、ハンターストンより出力が2.5倍大きい風車を数十基、同等の距離に設置するものであり、かつ海上伝搬により低周波成分がより効率的に到達する条件にある。

7Kageyama, T., Yano, T., Kuwano, S., et al., “Exposure-response relationship of wind turbine noise with self-reported symptoms of sleep and health problems: A nationwide socioacoustic survey in Japan,” Noise and Health, 18(81), 53–61, 2016. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/pmid/26960782/
8田鎖順太「我が国における風車騒音の評価における問題点および適切な健康リスク評価方法の提案」『北海道自然エネルギー研究』17, pp.13–20, 2023年。