いすみ市沖洋上風力プロジェクト 騒音影響評価← 前へ目次次へ →

8.音の「重み付け」:周波数特性の物理的意味と大型風車スペクトルへの適用

ここまでの章では、dB(A)やdB(C)といった騒音の測定方法が登場してきた。これらは同じ音を異なる「ものさし」で測ったものであり、ものさしの選び方次第で数値が大きく変わる。本章では、4種類のものさし—A特性(dB(A))、C特性(dB(C))、Z特性(dB(Z))、G特性(dB(G))—がそれぞれ何を測り、何を見落とすのかをわかりやすく説明する。なお、各ものさしがVestas V236-15MWの実際の騒音データに適用された場合にどのような数値の違いを生むかは、第10章で具体的に示す。

8.1「重み付け」の必要性

ある周波数の音のデシベル(dB)値は、その音が持つエネルギーの大きさを表す。これはマイクロフォンで客観的に測定できる物理量であり、人間の感じ方とは無関係に決まる。

ところが、私たちの耳は同じエネルギーの音をすべて同じ「大きさ」に聴くわけではない。特に、さまざまな高さ(周波数)の音が混じり合っているとき、耳は周波数によって感度が大きく異なる。たとえば、20 Hz以下の超低周波音は、よほど強くない限り「聴こえない」。しかし非常に強ければ、耳には聴こえなくても胸や腹部に圧迫感として感じることがある。また、100 Hzの音と1000 Hzの音がどちらも100 dB(同じエネルギー)で鳴っていても、100 Hzの方はずっと小さく聴こえる。

こうした耳の特性を補正して、物理的なエネルギーの大きさではなく「実際に人がどの程度うるさく感じるか」を数値で表すために、測定値に対して周波数ごとにデシベルを差し引いたり上乗せしたりする。これが「重み付け(weighting)」である。

さらに、同じ人間の耳でも、音の種類や大きさによって周波数の感じ方が変わる。日常的な音量でさまざまな周波数が混じった音(たとえばエアコンの音や話し声)を聴いているときと、爆発のような巨大な音に晒されたとき、あるいは低い音だけが響いている環境にいるときでは、耳の応答特性が異なる。ひとつの重み付けですべてをカバーすることはできないため、目的に応じた複数の重み付けが国際規格で定義されている。

国際電気標準会議(IEC)の規格 IEC 61672-1 がA特性・C特性・Z特性の3種を定義し、G特性は国際標準化機構(ISO)の ISO 7196 で定められている。各重み付けの1/3オクターブバンド補正値の一覧は、付録Aを参照されたい。

以下では、この4つの重み付けがそれぞれ何を目的とし、どこに強みと限界があるのかを順に見ていく。

図4周波数重み付け曲線(A特性・C特性・Z特性・G特性)

8.2A特性 dB(A):日常騒音の標準指標

A特性は、上記のうち「日常的な音量で、さまざまな周波数が混じった音を聴くとき」の耳の感じ方を再現するフィルタである(技術的には、約40 phonの等ラウドネス曲線に基づく)。具体的には、低い音を大幅に差し引く。たとえば63 Hzの音は約−26 dB、125 Hzで約−16 dB、250 Hzで約−9 dBカットする。一方、1000〜6000 Hzあたりの中高域はほぼそのまま通すか、わずかに上乗せする(最大+1.3 dB、2500 Hz付近)。

世界中のほとんどの騒音規制がA特性を標準として採用している理由ははっきりしている。自動車やエアコン、話し声、掃除機の音など、ふだんの生活で耳にする音の大半は、高い音から低い音まで広い周波数帯域にエネルギーが散らばっている。こうした音に対しては、A特性は「人にどれくらいうるさく感じられるか」をひとつの数値でうまく表す。

しかし、A特性は万能ではない。次の2つの場合に、音のエネルギーを実態より小さく見積もってしまう。

(1)非常に大きな音の環境:音が約100 dBを超えると、人間の耳の仕組みが変わり、低い音にも敏感になる。ところがA特性フィルタは音量に関係なく一律に低周波を差し引き続けるので、大音量の環境では実際の「うるささ」を過小評価する。

(2)低い音ばかりの環境:音のエネルギーがほとんど低周波だけで構成されている場合、A特性はその大部分をフィルタで取り除いてしまう。洋上風力発電の騒音は、数キロメートル伝わる間に高い音が大気に吸収されて消え、低い音だけが残る。A特性で測ると、実際に届いているエネルギーのごく一部しか数値に現れない。

8.3C特性 dB(C):低い音もきちんと拾うフィルタ

C特性は、A特性と同じくIEC 61672-1 で定められたフィルタだが、31.5〜8000 Hzの広い範囲でほぼ平坦に音を通す点が大きく異なる。低い音をほとんど差し引かないのが最大の特長である。たとえば63 HzではA特性が−26.2 dBも差し引くのに対し、C特性はわずか−0.8 dB。31.5 HzではA特性が−39.4 dBなのに対し、C特性は−3.0 dBにとどまる。

このため、C特性は次のような場面で広く使われている。

ただしC特性にも弱点がある。10 Hzでは−14.3 dBの差し引きが生じるため、いわゆる「超低周波音(インフラサウンド)」の領域ではまだかなりの部分が切り落とされる。低周波騒音の評価にはA特性よりずっと適しているものの、インフラサウンドを正確に把握するにはそれだけでは足りない。

8.4Z特性 dB(Z):重み付けなし、ありのままの音

Z特性は、IEC 61672-1:2013 で定められた「重み付けなし」(フィルタをかけない)測定モードである。約10〜20 000 Hzの範囲ですべての周波数のエネルギーをそのまま測る。「Z」はzero weighting(ゼロ重み付け)の頭文字である。

Z特性の数値は、マイクロフォンに届いた音圧の物理的な大きさそのものを示す。人間の耳の癖による偏りが入らないので、「実際にどれだけのエネルギーがそこに存在するか」を最も正直に表す。音の伝搬を計算するときも、まずZ特性(各周波数帯域の物理的な音圧)で計算し、最後に必要な重み付けを適用するのが物理学的に正しい手順である。

Z特性を見ると、A特性やC特性が「何を隠しているか」が一目瞭然になる。第10章で示すように、Vestas V236-15MWの10 Hz帯域では、Z特性の値がA特性の値を約70 dBも上回る。70 dBの差はエネルギーにして1000万倍以上の開きであり、A特性フィルタが物理的に存在するエネルギーの99.99999%以上を数値から除外していることを意味する。

8.5G特性 dB(G):超低周波音(インフラサウンド)専用フィルタ

G特性は、ISO 7196 で定められた超低周波音(インフラサウンド)専用のフィルタである。10 Hzを基準(0 dB)とし、そこから12 dB/octの勾配で上昇して20 Hzで+9.0 dBのピークに達したのち、20 Hzより上では24 dB/octの急峻なロールオフで減衰する。具体的には、12.5 Hzで+4.0 dB、16 Hzで+7.7 dB、20 Hzで+9.0 dB(ピーク)、25 Hzで+3.7 dB、31.5 Hzで−4.0 dB、40 Hzで−12.0 dB、63 Hzで−28.0 dB、100 Hzで−44.0 dBとなる。すなわち、10〜25 Hz(人間が「音」としてはほとんど聴こえないが、身体が圧力変動として感じ取りうる領域)に感度のピークを持ち、それ以外の帯域は強く減衰される。

A特性やC特性が超低周波の帯域をほぼ切り捨てるのに対し、G特性はまさにその帯域だけを取り出して評価する。超低周波音(インフラサウンド)が問題となる場面(たとえば大型風車からの低い振動的な音)を把握するために設計されたものさしである。

実際にG特性を規制に組み込んでいる国もある。エストニアでは、洋上風力発電の環境影響評価において、屋内でのG特性レベルに\(L_{pG,\mathrm{eq}} \leq 85\,\text{dB}\)という上限が設けられている。エストニア湾のVestas V236-15MW計画では、10 km以上の離岸距離でも屋内で53〜65 dB(G)が予測された。この値は上限を下回っているが、注目すべきはA特性では全く検出できない超低周波のエネルギーが住宅の中にまで届いているという事実である。

これに対し、日本の環境省は風力発電の環境影響評価にG特性の基準を設けていない。2017年のガイドラインでは「現時点では風力発電設備から発生する超低周波音・低周波音と健康影響との明らかな関連を示す知見は確認できない」として、超低周波音(インフラサウンド)を評価対象から外している。エストニアが具体的な数値基準を設けている点と比べると、対照的な姿勢といえる。

8.6規制における重み付けの国際比較

各国がどのものさしを使って風力発電の騒音を規制しているかを並べると、日本の位置づけがはっきりする。

表8風力発電騒音に関する各国規制の重み付け比較
国・機関採用する重み付け備考
デンマークA特性+低周波帯域別屋内20 dB(10〜160 Hz、1/3オクターブ帯域別)
エストニアA特性+G特性+帯域別G特性屋内85 dB、帯域別低周波制限あり
日本A特性のみC/G/Z要件なし。超低周波音は評価対象外
WHOA特性(Lden 45 dB)A特性の限界を認識しつつもA特性のみ

デンマークやエストニアのように先進的な規制を持つ国々は、A特性に加えて低周波帯域や超低周波音(インフラサウンド)を独立に評価する仕組みを持っている。日本はA特性だけで評価を行い、低い音や超低周波音(インフラサウンド)に対する数値基準を一切設けていない。

これは第4章で取り上げた日本弁護士連合会の指摘「環境アセスメントが低周波音問題に対して機能していない」と直結する構造的問題である。A特性だけで評価すると、物理的に存在する低周波・超低周波のエネルギーが測定値から消えてしまい、「数値が基準以下だから問題ない」という結論に至りやすい。ものさしが低い音を測れないのだから、低い音の問題が見えなくなるのは当然のことである。

8.7小括

本章で説明した4種類のものさしの違いがどれほど大きいかを数字で確認しておく。以下の数値は、第10章でVestas V236-15MWの実際のスペクトルデータに基づいて算出した結果である。

この風車が発するエネルギーの全体量は、ものさしによって次のように異なる数値になる。Z特性(ありのまま)で134 dB、G特性(超低周波重視)で132 dB、C特性(低周波をほぼ含む)で130 dB、A特性(日常騒音用)ではわずか120 dBである。Z特性とA特性の差14 dBは、エネルギーにして約25倍に相当する。つまりA特性は、この風車の全音響エネルギーの約96%を数値から除外していることになる。

低周波帯域(10 Hz–100 Hz)に注目すると、Z特性では120〜125 dBという高いエネルギーが存在しているにもかかわらず、A特性ではこれらが54〜101 dBにまで差し引かれる。この差し引きは、音が距離を伝わって高い音が消えていくにつれてさらに拡大する。

C特性は低い音の評価にはA特性よりはるかに適しているが、20 Hz以下の超低周波ではまだかなりの減衰が残る。超低周波音(インフラサウンド)まで含めた評価には、G特性か、あるいは周波数帯域ごとにZ特性で分析する方法が必要である。

以上から、洋上風力発電の騒音を評価するにあたってA特性だけを使うのは科学的に不十分であり、少なくともC特性を併用することが不可欠といえる。さらに、超低周波音(インフラサウンド)の影響を見落とさないためには、エストニアのようにG特性基準を導入するか、周波数帯域ごとのZ特性分析を行う必要がある。