いすみ市沖洋上風力プロジェクト 騒音影響評価← 前へ目次次へ →

9.いすみ市沖の気象条件:風・気温・湿度は音の届き方をどう変えるか

風車の騒音が沿岸の住宅にどの程度届くかは、風車そのものの音の大きさだけでは決まらない。音が3 kmの海上を渡ってくる間に、風の向きや強さ、気温、湿度といった気象条件が音の伝わり方に大きく影響する。本章では、後続の騒音シミュレーション(第11章)に必要な気象データを整理し、いすみ市沖の季節ごとの条件が音の伝わり方にどう関わるかを見ていく。

ここで特に重要なのは、気温と湿度が「空気による音の吸収」を左右するという点である。暑くて湿度の高い夏は、高い音が空気に吸収されやすい。逆に冬の寒くて乾いた空気では、高い音が吸収されにくく、やや遠くまで届く。ただし、これはあくまで高い音(高周波)の話であり、風車騒音の主役である低い音(低周波)は、気温や湿度がどう変わってもほとんど吸収されない。つまり、低い音は季節を問わず、3 km先の住宅にほぼそのまま届く。この点は本章で具体的な数値を示しながら確認する。

9.1気象データの出どころ:勝浦観測所を使う理由と限界

本章で使う気象データは、いすみ市に最も近い気象庁の観測所である勝浦特別地域気象観測所(千葉県勝浦市、いすみ市中心部から約12 km)の平年値(1991–2020年の30年平均)に基づいている。勝浦観測所はいすみ市と同じ外房海岸に面しており、似た海洋性の気候であるため、いすみ市沖の気象条件を推定するうえで最も適した観測点といえる。

ただし、勝浦観測所は海岸近くの市街地に設置された地上の観測所(高さ約10 m)であり、「海上3 kmにある高さ150 mの風車から、沿岸の住宅まで音が伝わる経路」の気象条件とは、いくつかの点で異なりうる。以下にそれぞれの違いと、その違いが音の計算にどの程度影響するかを整理する。

9.1.1高さの違い:地上10 mと風車の高さ150 m

風速は高い場所ほど速くなる。地上10 mと150 mでは風速に大きな差が生じるため、この点は後述の風速推定(第9.4節)で詳しく扱う。一方、気温は高度が上がるにつれて下がるが、150 m程度ではその差は約1 °Cにすぎず、湿度への影響も小さい。

9.1.2海上と陸上の違い:海が気温・湿度を安定させる

洋上の風車から住宅までの3 kmのうち、音の通り道の大部分は海の上である。海上の気温・湿度は陸上とは少し異なるパターンを示す。

気温:海は膨大な熱を蓄えているため、海上の気温は陸上に比べて一日のなかでの変動(日較差)も一年を通じた変動(年較差)も小さい。いすみ市沖の海面水温は黒潮の影響を受け、冬でも15〜17 °Cある(勝浦の冬の平均気温7.8 °Cよりかなり暖かい)。夏は24〜27 °Cで陸上とほぼ同じか少し低い程度である。したがって海上3 km地点の気温は、冬は勝浦の観測値より数°C高く、夏はほぼ同じと考えられる。

湿度:海上の空気は海面からの蒸発で湿度が高くなりやすい。特に冬は違いが大きく、勝浦観測所の冬の湿度は61%だが、海上3 km地点では70–80%程度あると考えられる。夏は勝浦観測所がすでに85–88%と高いため、海上との差はわずかである。

9.1.3音が届く先(沿岸の住宅・内陸の住宅)の条件

海岸沿いの住宅の気象条件は、勝浦観測所の値にもっとも近い。海岸線から3〜5 km内陸の住宅になると、海の影響が薄れ、夏の日中はより暑く、冬の夜間はより寒くなる。ただし、内陸に行くほど風車からの距離も遠くなって音が弱まるため、音の影響が最も大きくなるのは海岸線のすぐそばの住宅である。

9.1.4結論:勝浦の観測データで十分か

以上の違いが、音の計算にどの程度影響するかが重要な問題である。結論を先に述べると、影響はごくわずかである。

その理由は、低い音(125 Hz以下)の空気による吸収が、気温・湿度の変化にほとんど左右されないことにある(後述の表11で具体的な数値を示す)。63 Hz以下の帯域では、気温が5 °Cから30 °Cに変わっても、湿度が50%から90%に変わっても、1 kmあたりの吸収はわずか0.1 dBの範囲に収まる。3 kmを伝わっても吸収は0.3 dB程度であり、風車の音の大きさ自体の測定誤差(±2 dB以上)と比べれば無視できるほど小さい。

一方、高い音(1 kHz以上)の吸収は気象条件に大きく左右される。しかし、これらの高い音は3 kmも伝わると10 dB以上(4 kHzでは60 dB以上)も吸収されて事実上消えてしまう。消えてしまう音については、吸収の大小を細かく議論する意味が薄い。

つまり、勝浦観測所と実際の海上との気温・湿度の多少の違いは、沿岸住宅に届く音の大きさの推定にほとんど影響しない。本書では勝浦観測所の地上平年値を代表的な気象条件として採用する。低い音の評価を主目的とする本書にとって、この選択は十分な精度をもっている。

9.2季節ごとの気温・湿度

表9に、勝浦観測所の平年値をもとに季節ごとの気温・湿度・風速をまとめた。

表9勝浦観測所における季節別気温・湿度の平年値(1991–2020年)。気象庁平年値データに基づく。
季節(月)平均気温日最高日最低相対湿度平均風速
(°C)(°C)(°C)(%)(m/s)
冬(12–2月)7.812.03.8614.0
春(3–5月)14.117.610.5743.7
夏(6–9月)23.526.621.1853.1
秋(10–11月)16.520.213.2743.7
年間16.019.612.8753.6

表10に月ごとの詳細な値を示す。

表10勝浦観測所における月別気温・湿度・風速の平年値(1991–2020年)。気象庁データに基づく。
月平均気温最高最低湿度風速最多風向
(°C)(°C)(°C)(%)(m/s)
1月6.811.12.9594.1北北西
2月7.211.43.1624.0北北西
3月10.013.96.1683.8北
4月14.217.710.5743.9南南西
5月18.021.214.9803.5南南西
6月20.823.818.4862.8南南西
7月23.926.721.7882.7南南西
8月25.929.023.5853.3南南西
9月23.526.720.9823.4北北東
10月18.822.315.8773.7北
11月14.218.110.6713.7北
12月9.313.55.5633.8北北西
年間16.019.612.8753.6北北東

9.2.1季節ごとに空気が音をどれだけ吸収するか

前節で「低い音は季節を問わずほとんど吸収されない」と述べたが、ここでは具体的な数字を示す。表11は、勝浦観測所の季節別平年値をISO 9613-1の計算式に当てはめて求めた、1 kmあたりの吸収量(dB/km)である。

表11季節別の大気吸収係数(ISO 9613-1に基づく計算値、dB/km)
季節(気温/湿度)63 Hz125 Hz250 Hz1 kHz4 kHz
冬(8 °C/61%)0.10.41.03.942
春・秋(15 °C/74%)0.10.41.14.125
夏(24 °C/85%)0.10.30.96.221

注:標準大気圧(101.325 kPa)を仮定。63 Hz以下の帯域では大気吸収はすべての季節で0.1 dB/km以下であり、3 kmの伝搬距離でも0.4 dB未満にとどまる。一方、4 kHz帯域の季節変動は極めて大きく、冬季(42 dB/km)は夏季(21 dB/km)の約2倍に達する。

この表の読み方を確認しておく。左の2列(63 Hzと125 Hz)は低い音の帯域であり、どの季節でも0.1〜0.4 dB/kmにとどまっている。3 kmを伝わっても吸収はせいぜい1.3 dB程度であり、前章で示したVestas V236-15MWの低周波帯域のエネルギー(119〜125 dB(Z))がほぼそのまま沿岸の住宅に届くことを意味する。

右の2列(1 kHzと4 kHz)は高い音の帯域であり、季節による違いがはっきり表れる。特に4 kHzでは、冬(42 dB/km)が夏(21 dB/km)の約2倍もの吸収を受ける。しかし、どの季節であっても3 km伝わったあとの4 kHzの音は60 dB以上吸収されて事実上消えてしまう。つまり、沿岸の住宅で聴こえる風車の音を決めるのは、どの季節でも低い音なのである。

9.3風の向き:いつ、どれくらいの頻度で音が陸に向かうか

9.3.1地理的な前提

風車の音が住宅に届くかどうかは、風の向きに大きく左右される。音は風下に向かって伝わりやすくなるため、「海から陸に向かう風」が吹いているとき、騒音は最も効率よく住宅に届く。

いすみ市の海岸はおおむね東~南東に面している。したがって、東(E)、南東(SE)、南(S)方向から吹く風(つまり海から陸に向かう風)が、騒音を住宅に運ぶ風ということになる。

9.3.2千葉県の季節ごとの風の傾向

千葉県の風は季節によってはっきりしたパターンがある。冬はシベリア方面の高気圧から冷たい北西風が吹きやすい。夏は太平洋高気圧から蒸し暑い南寄りの風が吹く。春と秋は高気圧や低気圧が交互に通過するため、風向が定まりにくい。近隣の勝浦のデータでは、7月と8月は南南西の風が多く、海からの風の影響を受けやすいことが確認されている。

9.3.3季節ごとに「音が陸に向かう風」はどれくらい吹くか

いすみ市の海岸が東~南東を向いていることを踏まえ、「海から陸に向かう風」(東、東南東、南東、南南東、南の成分)がどの程度の頻度で吹くかを季節ごとに推定したのが表12である。

表12いすみ市沖における季節別風向パターンの推定
季節多い風向陸向き頻度備考
冬(12–2月)北西10–15%主に陸→海方向。低気圧通過時に東〜南東
春(3–5月)変動的25–35%南寄りが徐々に増加。海風が発達
夏(6–9月)南~南西40–55%太平洋高気圧+日中の海風。夜間も南寄り多い
秋(10–11月)変動的→北寄り20–30%南寄りから北西へ移行。北〜北東風の頻度が増加
年間通算の概算25–35%

9.3.4高さ150 mでは地上と風向が少しずれる

上の推定にはいくつか補足が必要である。

まず、高さ150 mでは地上と風の向きが少し異なる。高いところでは地面の摩擦の影響が弱まるため、風は地上よりも時計回りに10–20°ほど向きがずれ、やや南西寄りになる傾向がある。

次に注目すべきは、騒音が最も遠くまで届きやすいのは夜間であるという点である。夜間は上空の空気が地表付近よりも暖かくなること(気温逆転)が起こりやすく、この状態では音波が上に逃げずに下向きに曲がり、海面で反射しながらまるで「トンネル」を通るように遠くまで伝わる(「ダクト伝搬」と呼ばれる現象)。夏の夜は南~南東の風が持続しやすく、まさにこのダクト伝搬が起こりやすい条件と重なる。

勝浦観測所の風向データによれば、夏季(6〜9月)の陸向き風(南〜南東)の頻度は昼夜通算で40〜55%に達する。夜間においても太平洋高気圧からの地衡風が持続しやすいため、この頻度は夜間も同程度とみられる。さらに、北欧沿岸の洋上風力プロジェクトでの実測研究が示すように、温帯沿岸の夏季夜間において安定大気条件(ダクト形成に必要な気温逆転)が成立する時間は夜間のおおむね20〜40%に及ぶ。いすみ市沖では夏季に太平洋の冷たい海水面の上を高温多湿な南寄りの空気が覆う構造が、北欧よりも強い逆転層を形成しやすいとみられる。両条件(陸向き風 × 安定大気)が同時に成立する時間は、夏季夜間の概ね15〜30%に達すると推定される。この時間帯は住民の就寝時間と重なるため、騒音影響として最も問題となる。

9.4風の強さの推定

9.4.1NEDO NeoWinsによるいすみ市沖の風速データ

いすみ市沖3 km付近の風速については、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)が公開しているNeoWinsという風況データベース(1995–2014年の20年平均、500 mメッシュ)が複数の高さのデータを提供している。これによると、いすみ市沖3 km地点の年間平均風速は以下のとおりである。

表13NEDO NeoWinsによるいすみ市沖3 km付近の年間平均風速
高度年間平均風速
60 m約7.0〜7.5 m/s
140 m約8.0〜8.5 m/s

9.4.2高さが変わると風速がどう変わるか:べき乗則による推定

風は高い場所ほど速い。これは、地上付近では地面や建物との摩擦で風が減速されるためである。この「高さと風速の関係」は、「べき乗則」と呼ばれるシンプルな式で近似できる。

\[\frac{V(z_2)}{V(z_1)} = \left(\frac{z_2}{z_1}\right)^\alpha\]

ここで\(V\)は風速、\(z\)は高さ、\(\alpha\)は地面の滑らかさに応じて変わる指数である。\(\alpha\)が小さいほど地面が滑らか(海面など)で、高さによる風速の変化が小さい。\(\alpha\)が大きいほど地面が粗く(市街地など)、高さによる変化が大きい。

NEDOのデータの代表値(60 mで7.25 m/s、140 mで8.25 m/s)をこの式に当てはめると、指数\(\alpha\)を求めることができる。

\[\alpha = \frac{\ln(8.25/7.25)}{\ln(140/60)} = \frac{\ln(1.138)}{\ln(2.333)} \approx \frac{0.129}{0.847} \approx 0.15\]

この\(\alpha \approx 0.15\)という値は、海上の環境として妥当な範囲にある。参考として、障害物のない外洋では\(\alpha \approx 0.10\)–\(0.12\)、沿岸域では\(\alpha \approx 0.14\)–\(0.16\)が一般的である。いすみ市沖3 kmは岸にやや近い位置であり、得られた値はこうした物理的な条件と合っている。

このべき乗則を使えば、任意の高さの風速を推定できる。後続の騒音計算(第11章)では、国際規格IEC 61400-11が基準とする「地上10 mの風速」と、風車のハブがある高さ150 mの風速との対応関係を導くためにこの式を使う。

9.4.3勝浦の地上観測との整合性

勝浦観測所の地上(約10 m)年間平均風速は3.6 m/sだが、これは市街地の中での値であり、海上の風速とは直接比較できない。試みに、上で求めた海上のべき乗則から地上10 mの風速を逆算してみると、\(V(10\,\mathrm{m}) = 8.25 \times (10/140)^{0.15} \approx 8.25 \times 0.66 \approx 5.4\,\text{m/s}\)となる。海上は建物や木がなく風が遮られにくいため、市街地の勝浦(3.6 m/s)より高い値が出るのは自然なことである。

9.4.4季節ごとの風速の推定

勝浦観測所の季節別平均風速(表10)の変動パターンをもとに、NEDOの年間平均値からスケーリングして、海上140 mにおける季節ごとの風速を推定した。

表14季節別の推定平均風速(海上3 km、高度140 m)
季節140 m推定風速備考
冬(12–2月)9〜11 m/s北西の季節風。強いが主に陸→海の方向
春(3–5月)7〜9 m/s変動が大きい。低気圧通過時に強風
夏(6–9月)6〜7 m/s南寄り。風は弱めだがタービンは十分稼働。
陸向きの頻度が最も高い。台風は主に8–9月
秋(10–11月)7〜9 m/s北東風への移行期。10月は台風の接近もある

9.5風速・風向・気象条件が重なるとどうなるか

以上で整理した風速・風向・気温・湿度の情報を組み合わせると、騒音がいつ、どのような条件で住宅に届きやすいかが見えてくる。

まず、風車が最も大きな音を出すのは「定格風速」と呼ばれる約11〜14 m/sの風が吹いているときである。騒音は、年間平均風速ではなく、風の強い時間帯にどれだけ回るかに直結する。いすみ市沖では、年間を通じてかなりの時間帯で風速が10 m/sを超えると推定される。こうした強風時に風車はフルパワーに近い状態で動き、最も大きな音を出す。

季節ごとに見ると、以下のような特徴がある。

夏は平均風速こそ弱め(6〜7 m/s)だが、10 m/s以上に達する時間帯もあり、そのとき南寄りの風に乗って音は陸に向かう。さらに、夏の蒸し暑い夜は上空が暖かく地表が冷えることで「気温逆転」が起こりやすく、音が下向きに曲がって海面で反射しながら遠くまで届く「ダクト伝搬」が最も発生しやすい。つまり、夏の夜間は「海から陸への風」「音が遠くまで届きやすい大気の状態」「住民が眠っている時間帯」という3つの条件が同時に揃う、騒音の影響が最も深刻になりうる時期である。

ただし、騒音の問題は夏季夜間だけに限定されるわけではない。日中であっても風が強い日には、風速勾配そのものが音の下方屈折を引き起こし、温度逆転がなくても通常のISO 9613-2の予測を上回る伝搬増幅が生じる(第11.2節で定量的に示す)。すなわち、年間を通じて風の強い日は騒音リスクが存在する。

冬は風が最も強い(140 mで9〜11 m/s)が、風は主に北西から吹くため、音はおおむね海に向かって飛んでいく。ただし、低気圧が通過するときには風向が東~南東に変わり、音が陸に向かうこともある。

重要なのは、高い音は3 kmの間にどの季節でも消えてしまうという点である。表11で見たとおり、冬と夏で吸収量に大きな差があるのは高い音だけであり、低い音の吸収は季節にほぼ関係しない。したがって、どの季節であっても、沿岸の住宅に届く音の正体は低い音(低周波)である。

後続の騒音シミュレーション(第11章)では、以上の気象分析を踏まえ、大気伝搬の増幅を決定する2つの独立した要因(風速勾配の強さ(\(\alpha\))と温度逆転の強さ(\(\Delta T\)))を軸とした4つの伝搬シナリオを設定して計算を行う。これにより、もっとも穏やかな条件(弱い風、弱い逆転)から、もっとも厳しい条件(強い風、強い逆転)まで、年間を通じて起こりうる伝搬条件の範囲を系統的に評価する。大気吸収については、冬夏の差が低周波帯域では無視できるほど小さいことを踏まえ、代表的な中間条件(10 °C、70%)を用いる。

9.6参考データソース