いすみ市沖洋上風力プロジェクト 騒音影響評価← 前へ目次次へ →

11.騒音伝搬の計算手法

本章では、前章までの分析(音源スペクトル、気象条件、周波数重み付け)を踏まえ、いすみ市沿岸への騒音伝搬を計算するための3つの手法を説明する。第1の手法(第11.1節)はISO 9613-2に基づく標準的な計算であり、風下屈折やダクト効果を含まないもっとも保守的なベースラインを与える。第2の手法(第11.2節)は、ISO 9613-2のベースラインに風速勾配・温度逆転による伝搬増幅を帯域別に上乗せするもので、現実の気象条件下での受音レベルをより正確に推定する。第3の手法(第11.3節)は、完全な円筒拡散を仮定した理論上限値であり、第2の手法の推定が物理的に妥当な範囲にあることを検証するために用いる。計算結果の提示と国際基準との照合は次章(第12章)で行う。

11.1ISO 9613-2に基づくベースライン計算

第6章では、提出資料に記載された予測値の再現検証を行った。その計算では、音源レベルとしてA特性の単一値\(L_{WA} = 120\,\text{dB(A)}\)を用い、それをオクターブバンドに均等に分配する「擬似スペクトル」を仮定していた。しかし第10章で見たように、実際の風車の音は低い周波数に大きく偏っている。本節では、Vestas V236-15MWの実測1/3オクターブバンドスペクトル(エストニア沖環境影響評価報告書の公表値、安全マージン+2 dB含む、表15)を用いて、4社コンソーシアム配置(A案・B案)について海岸線での再計算を行う。

計算モデルはISO 9613-2の標準的な枠組みに従い、以下の3つの減衰要因を31本の1/3オクターブバンドそれぞれに適用する。各要因の物理的な意味は第7章で詳しく説明した。

海面反射の\(+3\,\text{dB}\)は、直接波と反射波のエネルギーを個別に足し合わせた場合の値(非干渉加算)であり、ISO 9613-2の標準的な取り扱いである。しかし、これは保守的(控えめ)な仮定である。2つの波が同じタイミングで到着する(同位相で干渉的に加算される)場合、増幅量は\(+6\,\text{dB}\)に達する。低周波音は波長が長い(50 Hzで約7 m)ため、音源高さ150 m・受音点高さ1.5 m・距離3 kmの条件では直接波と反射波がほぼ同時に到着し、本計算の主要帯域(50〜200 Hz)では実際の増幅は\(+3\,\text{dB}\)より\(+6\,\text{dB}\)に近い可能性が高い。\(+3\,\text{dB}\)の採用は全体として保守的である。

気温・湿度の条件は、ISO 9613-2が大気吸収の基準として規定する10 °C・相対湿度70%を採用した。この条件は中周波帯域(500 Hz付近)の大気吸収が最も小さくなる、つまり受音レベルが最も高くなる保守的な条件であり、英国音響学会のGood Practice Guideでも標準計算条件として指定されている。比較のため、夏季に近い条件(20 °C・相対湿度80%)での計算も実施した。

なお、ISO 9613-2が正式に対象としているのは63 Hz以上の帯域であり、それより低い周波数は規格の範囲外である。本計算では10 Hzから10 kHzまで全帯域について計算を行ったが、63 Hz未満の結果にはこの点を留意されたい。ただし、63 Hz未満の帯域では大気吸収は極めて小さく(0.1 dB/km以下)、3 km伝搬しても0.3 dB未満しか減らない。つまり、これらの帯域では距離による拡散だけで十分な精度が得られるため、実用上の問題はない。

風車配置は第6章と同じ4社コンソーシアムが提示したA案(15 MW \(\times\) 35基)およびB案(12 MW \(\times\) 42基)を使用し、受音点は海岸線上(離岸3 km、高さ1.5 m)に設定した。

11.1.1計算結果の総括

表16に、各条件における受音点での総合レベルをまとめる。

表16実測スペクトルに基づくISO 9613-2計算結果の総括(受音点:海岸線3 km、\(G=0\))
配置気象条件\(L_p\)(Z)\(L_p\)(A)\(L_p\)(C)
dBdB(A)dB(C)
A案(15 MW \(\times\) 35基)冬季 10 °C/70%65.945.061.9
A案夏季 20 °C/80%66.044.462.0
B案(12 MW \(\times\) 42基)冬季 10 °C/70%66.545.762.5
B案夏季 20 °C/80%66.645.062.7

これらの結果から、3つの重要なことがわかる。

第一に、実測スペクトルを使うとA特性の値が大きく変わる。A特性での受音レベルは44.4〜45.7 dB(A)であり、第6章の擬似スペクトル(音を均等に分配した仮定)による結果(\(G=0\)で35.9〜36.4 dB(A))を約9 dB上回る。この差は大きい。理由は単純で、実際の風車の音は低い周波数に偏っており、低い音は空気にほとんど吸収されないため、均等分配を仮定した場合よりも遠くまで届くからである。実測スペクトルを使うと、A特性ですら提出資料の予測値(A案32.0 dB(A)、B案32.6 dB(A))を13 dB上回る。これはエネルギーにして約20倍の差である。

第二に、Z特性(重み付けなし)で見ると、A特性よりも約21 dB高い。音源の段階ではZ-A差は14 dBであったが(第10章、表15)、3 km伝搬した後には21 dBに拡大している。これは、空気が高い音を優先的に吸収した結果、受音点に届く音がさらに低周波寄りになったためである。A特性はもともと低い音を軽く扱うフィルタであるため、伝搬後の音場ではますます多くのエネルギーを「見落とす」ことになる。

第三に、冬と夏で結果がほとんど変わらない。Z特性とC特性の総合レベルは季節を問わずほぼ同じ(差0.1 dB以内)であり、A特性でも差は0.7 dB以下である。なぜかというと、受音レベルを支配しているのは10 Hz–200 Hzの低周波帯域であり、この帯域の大気吸収は気温や湿度にほとんど左右されないためである。このため、以降の計算ではISO 9613-2の基準条件(10 °C・70%)を代表値として使用する。

以上はISO 9613-2の枠組み内(すなわち風下屈折もダクト効果も一切考慮していない)での結果である。ISO 9613-2は風速勾配や温度逆転に伴う音波の屈折を扱えないため、実際の伝搬条件では上記の値を下限とするさらに高い受音レベルが生じうる。次節では、この限界を補うための伝搬補正手法を説明する。

11.2ISO 9613-2を超える伝搬増幅要因:風と気温がもたらす「音の増幅」

前節のISO 9613-2計算は、「適度な順風条件」(moderate downwind conditions)を前提としている。しかし、ISO 9613-2は風速勾配や温度勾配の強さを陽に扱わず、距離に対する減衰は常に球面拡散(\(20\log_{10}r\))で計算される。第7.2節で詳述した通り、現実の大気では風速勾配と温度逆転が音波の経路を系統的に下向きに曲げ、音響ダクトを形成して球面拡散よりも小さな減衰をもたらす。本節では、この効果を帯域別に定量化し、ISO 9613-2ベースラインに上乗せする補正を導出する。

11.2.14つの伝搬シナリオの定義

第7.2節の段落(5)–(7)で述べた通り、音の下方屈折は風速勾配と温度逆転の2つの要因によって生じ、両者は加算的に作用する。本計算では、この2つの要因をそれぞれ2段階(弱・強)に設定し、その組み合わせにより4つの伝搬シナリオを定義する。

風速勾配の2つのレジーム 第9.4.2節で述べた通り、風速の高さ依存性はべき乗則\(V(z) = V_\mathrm{ref}(z/z_\mathrm{ref})^\alpha\)で近似され、\(\alpha\)が大きいほど上空と地表の風速差が大きい。

Van den Berg(2004)は、安定大気条件下では夜間の受音レベルが昼間の予測値を最大15 dB上回ることを実測した。その原因は、地表では風が弱まり「穏やかな夜」に感じられる一方で、ハブ高さでは強風が維持されるため、風車が最大騒音を放射し(約\(+8\,\text{dB}\))、同時に強い風速勾配が伝搬増幅をもたらす(約\(+7\,\text{dB}\))という「二重の悪条件」が成立するためである。

ここで注目すべき矛盾がある。風車の騒音を測定する国際規格(IEC 61400-11)は、地上10 mで11 m/sの風速を基準としている。この基準は暗黙に混合大気(\(\alpha \approx 0.15\))を前提としており、地上10 mで11 m/sならハブ高さでは約16.5 m/s(定格風速をはるかに超える)に相当する。しかし安定大気(\(\alpha = 0.40\))では状況が逆転する。ハブ高さの風速が定格風速(約10.5 m/s)に達し風車が最大騒音を出していても、地上10 mではわずか3.6 m/sにすぎない。つまり、住民がもっとも強い騒音に曝される条件は、IECの基準では「風が弱すぎて測定対象外」とされる。Van den Berg(2004)が指摘したこの矛盾が、いすみ市沖でも同様に当てはまる。

温度逆転の2つのレジーム

4つのシナリオ 以上の2つの要因の組み合わせにより、4つの伝搬シナリオが定義される。これらは純粋に伝搬条件(音がどれだけ増幅されるか)を記述するものであり、音源レベル(風車がどれだけ強い音を出すか)とは独立である。

弱い逆転(\(+1\,\text{°C}\)–\(2\,\text{°C}\))強い逆転(\(+3\,\text{°C}\)–\(5\,\text{°C}\))
混合大気(\(\alpha \approx 0.15\))ケース1:日中の穏やかな海風。大気は混合されており、温度逆転もほぼない。ISO 9613-2に最も近い条件。ケース3:温度逆転が発達した穏やかな夜。冷たい海面上に暖かい空気が流入するが、大気は比較的よく混合されている。
安定大気(\(\alpha \approx 0.40\))ケース2:安定成層下の強い風速勾配。上空で風が強いが温度逆転は弱い。ケース4:最強伝搬条件。安定成層下で強い風速勾配と強い温度逆転が同時に作用する。

音源レベルは伝搬条件とは独立したパラメータである。風車の音響パワーはハブ高さの風速で決まり、定格風速(約10.5 m/s)以上ではフル出力(\(L_{WA} = 120\,\text{dB(A)}\))、年間平均風速(約8 m/s)では約−5 dB低い(第10.4節参照)。伝搬計算において、すべての補正(ダクト効果、屈折集音、海面反射)は音源レベルに依存しない加算項であるため、音源レベルの変化はすべての重み付け合計値(dB(Z)、dB(A)、dB(C)、dB(G))に等しく反映される。したがって、以下ではフル出力条件で計算を行い、年間平均風速条件の結果は各合計値から約5 dBを差し引くことで得られる。

各シナリオの出現頻度の厳密な推定にはいすみ市沖の実測データが必要であるが、第9章の気象分析および一般的な温帯沿岸の気候学的知見から、以下のように定性的に特徴づけられる。

11.2.2有効拡散指数:文献に基づく帯域別の値

第7.2節の段落(7)では、音響ダクトの2つの極限を紹介した。ダクトがない自由空間では、音は球面状に広がり、距離\(r\)での音圧レベルは\(20\log_{10}r\)に従って減衰する(距離が2倍になるごとに6 dB減衰)。一方、完全なダクト内では音は円筒状にしか広がれず、減衰は\(10\log_{10}r\)(距離2倍で3 dB減衰)にとどまる。現実の大気はこの2つの極限の間にある。ダクトの閉じ込めが部分的であったり、乱流によりエネルギーの一部がダクト外に漏れ出したりするため、実際の減衰は\(10\,n\,\log_{10}r\)の形をとり、\(n\)は1(完全円筒拡散)から2(完全球面拡散)の間の連続的な値をとる。この\(n\)を「有効拡散指数」と呼ぶ。\(n\)が2に近いほどISO 9613-2の想定に近く、1に近いほどダクトによる閉じ込めが強い。

\(n\)は周波数帯域によっても異なる。低い音ほど効率的にダクト内に閉じ込められ、高い音は一部がダクト外に漏れ出す。ダクトの厚さ(逆転層の高さ、典型的には50〜300 m)に対して波長が同程度かそれ以下の音が効率的に閉じ込められるため、200 Hz以下の低周波音は高い閉じ込め効率(低い\(n\))を示す。

\(n_i\)の導出方法 \(n\)の値を第一原理から計算するには、Nord2000やPE法のような高度な数値モデルが必要であり、本計算の範囲を超える。そこで本計算では、洋上音響伝搬に関する4つの独立した文献から得られた実測値・計算値に基づいて、4つのシナリオの\(n_i\)を以下のように設定した。

帯域依存性(低い音ほど小さい\(n_i\))は、上述の導波管理論から物理的に必然であり、Barlas et al.(J. Acoust. Soc. Am., 142(5), 2017)のPE法による数値計算でも確認されている。また、Søndergaard & Plovsing(Danish EPA Project No. 1016, 2005)はNord2000を用いた洋上風車騒音伝搬の計算により、ISO 9613-2の球面拡散を大幅に下回る減衰率が海上で生じることを確認しており、デンマーク環境保護庁がBEK 135規則を策定した直接の根拠となっている。

以上の根拠に基づく帯域別の有効拡散指数\(n_i\)(海上区間)を表17にまとめる。

表17海上区間の帯域別有効拡散指数\(n_i\)(4シナリオ)
帯域ケース1ケース2ケース3ケース4
\(\alpha{=}0.15\)/弱逆転\(\alpha{=}0.40\)/弱逆転\(\alpha{=}0.15\)/強逆転\(\alpha{=}0.40\)/強逆転
10 Hz–50 Hz(インフラサウンド)1.921.751.721.52
63 Hz–200 Hz(低周波)1.931.781.751.58
250 Hz–500 Hz(中周波)1.951.831.821.68
630 Hz以上(高周波)1.971.881.881.78

\(n_i = 2.00\)(ISO 9613-2の想定)からの偏差が大きいほど、その帯域でISO 9613-2が過小評価する度合いが大きい。もっとも大きな偏差はケース4の10〜50 Hz帯域(\(n = 1.52\)、球面拡散と円筒拡散のほぼ中間)であり、もっとも小さな偏差はケース1の630 Hz以上(\(n = 1.97\)、ほぼ球面拡散)である。

帯域ごとのダクトによる増幅量は、以下の式で計算される。

\[\Delta L_{\mathrm{duct},i}(r) = (2 - n_i) \times 10\log_{10}\!\left(\frac{r}{r_0}\right)\]

ここで\(r\)は伝搬距離、\(r_0 = 1\,\text{km}\)はダクトが有効に形成される基準距離である。\(r < r_0\)ではダクトは未形成であり、増幅はゼロとする。

参考として、ケース4(最強伝搬条件)における10〜50 Hz帯域の増幅量は、前列風車(3 km)で\(+2.3\,\text{dB}\)、後列風車(6 km)で\(+3.7\,\text{dB}\)となる。なお、これらの増幅量は上述のKonishi et al.(2016)の実測範囲(\(n = 1.5\)–\(1.8\))およびMakarewicz & Gołebiewski(2016)の理論解析と定量的に整合する。

11.2.3屈折集音効果:ダクトに入る前のエネルギー増幅

前項の有効拡散指数は、音がダクト内でどのように減衰するかを記述するものであり、ダクトが有効に形成される距離(\(r_0 = 1\,\text{km}\))以遠で作用する。しかし、伝搬増幅にはもう一つの要因がある。

ISO 9613-2の球面拡散モデルでは、音源から放射された音は全方位に等しく広がると仮定する。しかし現実には、\(c_\mathrm{eff}\)の鉛直勾配が存在すると、上方に向かうはずの音エネルギーが下方に屈折され、地面方向に集中する。これは懐中電灯で例えれば、全方向に拡散する裸電球(球面拡散)と、反射板で前方に集光した懐中電灯(屈折集音)の違いに相当する。光の総量は同じでも、前方の明るさはまったく異なる。

この「屈折集音効果」\(\Delta L_{\mathrm{refrac},i}\)は、ダクト内の拡散指数変化とは独立した増幅であり、風速勾配と温度逆転の強さおよび周波数帯域に依存する。風速勾配(\(\alpha\))が大きいほど上方への逸散が抑えられ、地上への集音が強まる。

4つのシナリオにおける帯域別の屈折集音効果\(\Delta L_{\mathrm{refrac},i}\)を以下の表18にまとめる。表中の帯域別の値は、3つの根拠から導出した。第一に、Søndergaard & Plovsing(2005)のNord2000計算において、洋上風車からの風下伝搬でISO 9613-2の球面拡散仮定を超える音圧増加が帯域別に報告されており、63〜200 Hz帯域でもっとも大きな超過が確認されている。第二に、Barlas et al.(2017)はPE法を用いた数値計算により、安定大気条件下で下方屈折が音のエネルギーを地表方向に集中させる効果を帯域別に定量化しており、低〜中周波帯域で\(+3\text{〜}6\,\text{dB}\)の集音効果を報告している。第三に、Van den Berg(2004)は実測により夜間安定大気条件下での合計伝搬増幅(音源レベル増加分を差し引いた伝搬効果のみ)が約\(+7\,\text{dB}\)に達することを確認しており、本計算のケース4における屈折集音とダクト増幅の合計値(\(+5.0\,\text{dB} + 2.0\,\text{dB} = +7.0\,\text{dB}\))はこの実測値と一致する。63〜200 Hz帯域でもっとも強い集音効果を示すのは、この帯域の波長(約1.7〜5.4 m)が大気境界層の鉛直構造(逆転層の厚さ50〜300 m、風速勾配のスケール高さ)ともっとも強く相互作用するためである。不確実性は各値\(\pm1.5\,\text{dB}\)と推定する。

表18屈折集音効果\(\Delta L_{\mathrm{refrac},i}\)(中央推定値、不確実性\(\pm1.5\,\text{dB}\))
帯域ケース1ケース2ケース3ケース4
10 Hz–50 Hz\(+1.0\,\text{dB}\)\(+2.5\,\text{dB}\)\(+2.0\,\text{dB}\)\(+3.5\,\text{dB}\)
63 Hz–200 Hz\(+1.5\,\text{dB}\)\(+4.0\,\text{dB}\)\(+2.5\,\text{dB}\)\(+5.0\,\text{dB}\)
250 Hz–500 Hz\(+1.0\,\text{dB}\)\(+3.0\,\text{dB}\)\(+2.0\,\text{dB}\)\(+4.0\,\text{dB}\)
630 Hz以上\(+0.5\,\text{dB}\)\(+1.5\,\text{dB}\)\(+1.0\,\text{dB}\)\(+2.0\,\text{dB}\)

ケース2(強風速勾配条件)でも、63〜200 Hz帯域で\(+4.0\,\text{dB}\)の屈折集音と\(+1.0\,\text{dB}\)のダクト拡散変化を合わせて\(+5.0\,\text{dB}\)の増幅となる。これは「特殊な夏季夜間条件」ではなく、年間を通じて風の強い日に生じる日常的な増幅である。

11.2.4海面反射の帯域による違い

前節のISO 9613-2計算では、海面反射として全帯域一律に\(+3\,\text{dB}\)(エネルギーの倍増)を適用した。この仮定は鏡のように滑らかな海面を前提としており、波浪が小さい条件(ケース3・4:逆転が強い=凪に近い海面)ではおおむね妥当である。

しかし、波浪がある条件(ケース1・2:弱い逆転=風浪あり)では、波浪の高さが音の波長と同程度になる中高周波帯域で散乱が生じ、反射効率が低下する。

これらの補正\(\Delta L_{\mathrm{sea},i}\)は、ISO 9613-2ベースラインにすでに含まれている\(+3\,\text{dB}\)からの差分として適用する。

11.2.5海岸線から内陸への伝搬

後続のシミュレーションでは、海岸線上だけでなく内陸3 kmおよび内陸5 kmの受音点でも計算を行う。海岸線に到達した音が内陸へさらに進むとき、海上とはいくつかの条件が変わる。

ダクト効果の変化 厳密な意味での海上音響ダクト(冷たい海面上の温度逆転層と海面反射の繰り返しによる閉じ込め)は、海岸線で終わる。ダクトの「床」である冷たい海面がなくなるためである。

しかし、内陸でのダクト効果が完全にゼロになるわけではない。2つの理由がある。

第一に、海風前線(sea breeze front)は海岸線を越えて内陸10〜30 kmまで進入する。海風前線の背後には、冷たい海洋性空気が大陸上の暖かい空気の下に潜り込む楔状の構造が形成される。これは海上のダクトほど緊密ではないが、音を下方に屈折させる鉛直勾配を内陸でも維持する。

第二に、夏季の夜間には、海風とは独立して、陸上で放射冷却による温度逆転が形成される。晴天で風が弱い夜には、地表面からの赤外放射により地面が急速に冷却され、地上50〜200 mの範囲に独自の逆転層が発達する。この陸上の夜間逆転は、海上のダクトとは異なるメカニズムで形成されるが、音響的には類似した効果(下方屈折による伝搬増幅)を生じさせる。

以上の2つの効果を反映し、内陸区間の有効拡散指数\(n_i\)を以下の通り設定する。

表19陸上区間の帯域別有効拡散指数\(n_i\)
帯域弱い逆転(ケース1・2)強い逆転(ケース3・4)
10 Hz–50 Hz1.971.85
63 Hz–200 Hz1.981.88
250 Hz–500 Hz1.991.93
630 Hz以上2.001.96

弱い逆転の場合(ケース1・2)、陸上はほぼ球面拡散(\(n \approx 2.00\))であり、ダクト効果は実質的に無視できる。強い逆転の場合(ケース3・4)、海風浸透と放射冷却により\(n\)は海上ほどではないが2.00を下回る。特にインフラサウンド帯域(\(n = 1.85\))では、内陸5 kmまで無視できない増幅が残る。

地面の吸音効果 内陸の地面(芝地、農地、土壌)は海面と異なり音を部分的に吸収する。低周波音(200 Hz以下)は波長が長く地面の吸音特性に鈍感であるため、海上から陸上への変化は、もっとも問題となる低周波成分にはほとんど影響しない。中高周波帯域では地面による吸音が増大するが、これらの帯域は大気吸収によりすでに大幅に減衰しているため、地面効果の寄与は副次的である。具体的な地面効果の適用方法は第12.2.1節で述べる。

地形による遮蔽の限界 いすみ市の内陸部は比較的平坦な低い丘陵地であるが、第7.2節の段落(4)で述べたように、波長が数メートル以上の低周波音は丘陵や建物の背後に容易に回り込む(回折する)。風車騒音の低周波成分に対しては、通常の地形的な障害物はほぼ透明であり、遮音効果は期待できない。

11.2.6帯域別補正の適用手順

以上の帯域別補正を、前節のISO 9613-2計算に上乗せする手順をまとめる。各1/3オクターブバンド\(i\)について、付録のISO 9613-2受音レベル\(L_{p,i}^{\mathrm{ISO}}\)(フル出力条件)を出発点とする。

ステップ1:屈折集音効果 表18の帯域別屈折集音効果\(\Delta L_{\mathrm{refrac},i}\)を加算する。

ステップ2:ダクト増幅 各風車について、海上区間の距離\(r_\mathrm{sea}\)と陸上区間の距離\(r_\mathrm{land}\)を算出する。ダクト増幅は、海上区間と陸上区間のそれぞれで有効拡散指数\(n_i\)を適用して計算する。

\[\Delta L_{\mathrm{duct},i} = (2 - n_{i,\mathrm{sea}}) \times 10\log_{10}\!\left(\frac{r_\mathrm{sea}}{r_0}\right) + (2 - n_{i,\mathrm{land}}) \times 10\log_{10}\!\left(\frac{r_\mathrm{sea} + r_\mathrm{land}}{r_\mathrm{sea}}\right)\]

ただし\(r_\mathrm{sea} > r_0\)の場合のみ。海岸線受音点では\(r_\mathrm{land} = 0\)であり、第2項は消える。

ステップ3:海面反射補正 ISO 9613-2ベースラインに含まれる全帯域一律\(+3\,\text{dB}\)の海面反射に対する差分\(\Delta L_{\mathrm{sea},i}\)を適用する(前項参照)。

ステップ4:補正後受音レベル

\[L_{p,i}^{\mathrm{corr}} = L_{p,i}^{\mathrm{ISO}} + \Delta L_{\mathrm{refrac},i} + \Delta L_{\mathrm{duct},i} + \Delta L_{\mathrm{sea},i}\]

すべての補正項は音源レベルに依存しない加算項であるため、上式はフル出力条件の\(L_{p,i}^{\mathrm{ISO}}\)に直接適用する。年間平均風速条件の結果は、最終的な重み付け合計値から約5 dBを差し引くことで得られる(第10.4節参照)。

ステップ5:エネルギー加算と重み付け 全帯域の補正後レベルをエネルギー的に加算し、各重み付け(Z、A、C、G)の総合レベルを求める。

\[L_p^{(W)} = 10\log_{10}\!\left(\sum_i 10^{(L_{p,i}^{\mathrm{corr}} + W_i)/10}\right)\]

ここで\(W_i\)は各重み付け関数(A特性、C特性、G特性、Z特性(\(W_i = 0\)))の帯域\(i\)における補正値である。

この手順により、ISO 9613-2が扱える範囲(距離減衰・大気吸収・地面効果)と、ISO 9613-2が扱えない範囲(風速勾配と温度逆転の複合効果)を、同一の1/3オクターブバンド計算のなかで統合的に評価できる。

11.2.7この手法の位置づけと限界

本節で述べた手法は、ISO 9613-2の結果に文献で確立された有効拡散指数を事後的に上乗せするものであり、Nord2000やPE法のように大気の温度・風速プロファイルから音場を直接計算するものではない。したがって、以下の限界がある。

しかし、この手法には十分な根拠がある。第一に、各シナリオの有効拡散指数は、Konishi et al.(2016)の日本近海における実測値(\(n = 1.5\)–\(1.8\))、Makarewicz & Gołebiewski(2016)の低層ジェットに関する理論解析、およびSøndergaard & Plovsing(2005)のNord2000による洋上伝搬計算の結果から導出しており、ケース4の値(\(n = 1.52\)–\(1.78\))はKonishiらの実測範囲に含まれる。屈折集音効果については、Barlas et al.(2017)のPE法計算およびVan den Berg(2004)の実測データ(夜間の伝搬増幅約\(+7\,\text{dB}\))を根拠としている。第二に、「低い音ほど大きな増幅を受ける」という帯域依存性の方向は、導波管理論から物理的に必然であり、定性的に間違うことはない。第三に、いすみ市沖の気象条件(第9章)は、夏季に強い温度逆転と海風を形成しうることを示しており、ケース4は物理的に十分ありうるシナリオである。

もっとも重要なのは、これらの増幅を「ゼロ」と仮定すること(つまりISO 9613-2だけで評価を完結させること)のほうが、物理的に不合理だという点である。大気に風速勾配と温度勾配が存在する以上、屈折とダクト形成は避けられない物理現象であり、その影響を無視することは系統的な過小評価を意味する。デンマークがかつてISO 9613-2で洋上風力の騒音を予測し、稼働後に想定を大きく超える苦情を受けてNord2000への移行を義務付けた経緯(第5.6.1節参照)は、まさにこの認識に基づくものである。そして4つのシナリオの意義は、ケース4(最強伝搬条件)の数値だけにあるのではない。ケース2(強風速勾配条件)は年間を通じて頻繁に発生する普通の気象条件であり、それだけでISO 9613-2の予測を有意に上回る伝搬増幅を生じさせる。夏季夜間の特殊条件を持ち出すまでもなく、日常的な気象条件のもとでISO 9613-2は過小評価している。

11.3理論上限値の検証:完全円筒拡散

前節の4つのシナリオは、有効拡散指数\(n\)が\(1.52\)–\(1.97\)の範囲にある現実的な伝搬条件を記述した。本節では、これらの推定値が物理的に妥当な範囲にあることを検証するため、理論的な上限値として\(n = 1\)の完全な円筒拡散を仮定した計算手法を説明する。

完全円筒拡散では、音源からの音響エネルギーはダクトの高さ\(h\)の範囲に閉じ込められ、水平方向にのみ広がる。このとき、距離\(r\)における音圧レベルは

\[L_{p,i}^{\mathrm{cyl}} = L_{W,i} - 10\log_{10}(2\pi r h) - \alpha_i r + 3\,\text{dB}\]

で与えられる。ここで\(L_{W,i}\)は各帯域の音響パワーレベル(付録のISO 9613-2計算から逆算)、\(h\)はダクトの有効高さ、\(\alpha_i\)は帯域\(i\)の大気吸収係数(ISO 9613-1、10 °C・70%で算出)である。\(+3\,\text{dB}\)は海面反射の増幅である。

通常の球面拡散では音圧は\(L_{W,i} - 10\log_{10}(4\pi r^2)\)で減衰するため、円筒拡散との差は

\[\Delta L_{\mathrm{cyl}} = 10\log_{10}\!\left(\frac{2r}{h}\right)\]

となる。すなわち、距離\(r\)が大きいほど、またダクト高さ\(h\)が小さいほど、円筒拡散の「利得」が大きくなる。いすみ市沖の典型的な逆転層の厚さ\(h = 150\,\text{m}\)を仮定して計算を行い、結果を第12章で提示する。なお、15〜18 MW級風車の全高は約300 mであるため、\(h = 150\,\text{m}\)のダクトは風車の下半分のみを包含する。ダクト高さを風車全高の300 mに設定すれば音源全体が捕捉されるが、ダクトが厚くなる分だけエネルギーが広い鉛直範囲に分散し、受音レベルは\(10\log_{10}(300/150) = 3\,\text{dB}\)低下する。逆に、\(h = 150\,\text{m}\)のダクトでは音源の上半分がダクト外に漏れるため、捕捉されるエネルギーは同程度(約3 dB)減少する。いずれの仮定をとっても結果は約3 dBの範囲で一致するため、\(h = 150\,\text{m}\)の選択が計算結果に大きな偏りを生じさせることはない。

完全円筒拡散は物理的な上限値であり、現実にこの条件が長時間持続することは考えにくい。しかし、非常に強い温度逆転(\(+8\,\text{°C}\)–\(10\,\text{°C}\))と強い風速勾配が同時に作用し、逆転層が薄く(\(h < 100\,\text{m}\))、大気乱流が極度に弱い条件では、有効拡散指数は\(n = 1.2\)–\(1.3\)まで低下しうる。4つのシナリオの計算結果がこの上限からどの程度のマージンを持つかを確認することで、推定の妥当性を検証する。