いすみ市沖における洋上風力発電事業には、令和4(2022)年〜令和5(2023)年の間に8事業者が「計画段階環境配慮書」を提出したが、前章でも述べたように各事業者の環境配慮書は縦覧期間が限定されているため、現在(2026年2月時点)インターネット上で参照することはできなくなっている。
その中で、筆者は唯一、三井物産株式会社、RWE Renewables Japan合同会社、大阪ガス株式会社、K&Oエナジーグループ株式会社の4社からなるコンソーシアム(以下、4社コンソーシアム)が作成した「(仮称)いすみ市沖洋上風力発電事業 計画段階環境配慮書」の「事業者説明資料(資料4−2)」をインターネット上で発見した(千葉県ホームページhttps://www.pref.chiba.lg.jp/kansei/eikyouhyouka/iinkai/documents/r040916-shiryou4-2.pdf)。
同資料は、配慮書の概要を簡略にまとめたものではあるが、騒音に関する予測条件と結果が記載されていたため、本章では、同資料に記載されている騒音予測値(海岸線(3 km地点)でA案32.0 dB(A)、B案32.6 dB(A))を、国際標準の計算モデルを使って再計算し、その再現性を検証する(図 3参照)。
なお、ここで検証する配置や数値が最終確定案であるかどうかは明らかではない。本章の目的は、提出資料に書かれた条件をそのまま出発点として、物理的に筋の通った透明な計算で同じ数値にたどり着けるかを確かめることにある。
本検証では、国際的に広く使われている音響伝搬モデル ISO 9613-2 を用いて計算を行った。NEDO式(2006年版マニュアル)は詳細な計算式や補正係数が公開資料から十分に確認できないため、だれでも検証可能という透明性の観点からISO 9613-2 を選んだ。
計算は、ISO 9613-2 が想定する「適度な順風条件」の範囲内で行い、それを超える特殊な気象による増幅効果(ダクト効果や夜間の強い屈折など)は一切含めていない。
さらに重要な点として、本検証では意図的に事業者に有利な(予測値が低く出やすい)仮定を採用した。提出資料の数値に可能な限り近づけることで、「どこまで有利な仮定を重ねれば提示値が出るのか」を確かめるためである。具体的には以下のとおりである。
音源スペクトルの簡略化:各風車の音響出力を単一の \(L_{wA}=120\,\text{dB(A)}\) として扱い、実際の周波数別スペクトルは使わなかった。ただし、単一のdB(A)値だけでは周波数ごとに異なる大気吸収を計算できないため、63 Hz–8 kHz の各オクターブバンドに音響エネルギーを均等に配分し(各バンド 113.0 dB)、それをA特性で合成すると \(L_{wA}=120.0\,\text{dB(A)}\) になるよう調整した。この「均等配分」の仮定は、実際の大型風車のスペクトル(低い音にエネルギーが集中)よりも中高周波の成分を多く含むため、長距離伝搬で空気に吸収される量を実際より大きく見積もることになる。つまり、受音点での予測値が低めに出る方向のバイアスである。
風車配置:提出資料に記載された2案をそのまま再現した。
| A案 | B案 | |
|---|---|---|
| 定格出力(単機) | 15 MW | 12 MW |
| 基数 | 35基 | 42基 |
| ハブ高さ \(h_s\) | 150 m | 140 m |
| 列内間隔 \(\Delta x\) (6.5D) | 1560 m | 1430 m |
| 列間間隔 \(\Delta y\) (4D) | 960 m | 880 m |
| 各列の基数(沖合方向) | 11, 9, 8, 7 | 11, 11, 10, 10 |
受音点は、第1列の左端から6番目の風車の正面(沖合方向 3000 m)、高さ \(h_r = 1.5\,\text{m}\) に設定した。各風車から受音点までの3次元距離 \(r_k\) は
で計算した。
気象条件:以下の2パターンで計算した。
16 °C、相対湿度75%:いすみ市の年間平均に近い条件
20 °C、相対湿度80%:年平均よりやや高温高湿で、空気による音の吸収が大きくなる(つまり予測値が低く出やすい)方向の条件
地面条件:以下の3水準で比較した。
地面効果無視(\(A_{\mathrm{gr}} = 0\)):地面による反射も吸収も考慮しない。
\(G=0.5\)(混合地面):ISO 9613-2 の中間的な設定。
\(G=0\)(硬い地面/水面):海面のように音を反射する面に対応。\(G=0\) では全帯域で \(A_{\mathrm{gr}} = -3\,\text{dB}\) の増幅(音が海面で鏡のように反射してエネルギーが倍増する効果)が生じる。洋上伝搬では物理的にこの設定が最も妥当である。
風下屈折、気温逆転層、海上ダクトなど、長距離で音を増幅させる気象効果は一切考慮しなかった。
夜間の安定した大気による増幅も考慮していない。
ISO 9613-2 が対象とする周波数範囲(63 Hz以上)のみを計算し、それ未満の低周波成分は含めていない。
以上のすべてが、実際に起こりうる音の増幅要因を除外し、予測値を低い方向に押し下げる仮定である。
ISO 9613-2 の計算は、本来、周波数帯域 \(i\) ごとに
と受音レベルを求め、最後に A特性の重み \(A_i\) を加えてエネルギーの合計を取る:
つまり、音源がどの周波数帯にどれだけのエネルギーを持っているか(周波数別の \(L_{w,i}\))がわからなければ、大気吸収や地面効果を正しく計算できない。高い音は空気に強く吸収され、低い音はほとんど吸収されないため、周波数ごとの内訳が結果を大きく左右する。
しかし提出資料では、周波数別の \(L_{w,i}\) は示されておらず、A特性で合算済みの単一の dB(A) 値だけが記載されている。これでは、距離が長くなるにつれて重要になる周波数ごとの大気吸収や地面効果を厳密に検証することができない。
欧州では、風車騒音の評価にあたって周波数別の音響出力や気象条件別の予測値をマトリックスとして提示するのが一般的である。日本では「平均的条件」を仮定した単一の dB(A) 値に集約することが制度上認められており、この点は第三者による検証の容易さという面で大きな差となっている。
計算に用いた物理式を以下に示す。各要素の物理的な意味は第7章で詳しく解説する。
(a) 球面拡散(距離による減衰) 音源を点とみなした場合、距離 \(r\) での減衰量は(ISO 9613-2 の表記に従い)
で与えられる(\(r\) は m 単位)。
(b) 大気吸収 空気による音の吸収は周波数によって大きく異なる。ISO 9613-1 に基づき、帯域 \(i\) の吸収係数 \(\alpha_i\)(dB/m)を用いて
と計算した。吸収係数 \(\alpha_i\) は、ISO 9613-1 の解析式により、気温・相対湿度・大気圧から各オクターブバンドの中心周波数ごとに算出した。
(c) 地面効果 ISO 9613-2 が規定する3領域モデル(音源域・中間域・受音域)に基づき、地面係数 \(G\) に応じて各オクターブバンドの地面効果 \(A_{\mathrm{gr},i}\) を計算した。風車のように音源の高さが非常に大きい場合(\(h_s = 140\text{〜}150\,\text{m}\))、音源域の補正パラメータ \(q_s = 1 - 30 h_s / d\) はほぼ0になり、地面効果は受音点側の地面の性質でほぼ決まる。\(G=0\)(硬い地面)では全帯域で \(A_{\mathrm{gr}} = -3\,\text{dB}\)(海面での鏡像反射によるエネルギー倍増)となる。
(d) 1基あたりの受音レベル 風車 \(k\) の各オクターブバンドにおける受音レベルは
で求める。
(e) 全風車のエネルギー合成 すべての風車の寄与をオクターブバンドごとにエネルギーとして足し合わせ、最後にA特性の重みをかける:
各条件での 3 km 地点における計算結果を、表6(A案)と表7(B案)に示す。
| 条件 | 地面無視 | \(G=0.5\) | \(G=0\)(水面) |
|---|---|---|---|
| 16 °C, 75% | 33.4 | 34.7 | 36.4 |
| 20 °C, 80% | 32.9 | 33.9 | 35.9 |
| 条件 | 地面無視 | \(G=0.5\) | \(G=0\)(水面) |
|---|---|---|---|
| 16 °C, 75% | 34.1 | 35.3 | 37.1 |
| 20 °C, 80% | 33.5 | 34.5 | 36.5 |
本計算の結果から、以下のことがわかる。
提示値に最も近づく条件 提示値(A案 32.0 dB(A)、B案 32.6 dB(A))に最も近い数値が出たのは、年平均よりやや高温高湿な条件(20 °C、80%)で、かつ地面効果を完全に無視した場合である。それでもA案は 32.9 dB(A)(提示値より +0.9 dB 高い)、B案は 33.5 dB(A)(同 +0.9 dB 高い)となった。年間平均に近い条件(16 °C、75%)では、地面効果を無視してもA案 33.4 dB(A)(+1.4 dB)、B案 34.1 dB(A)(+1.5 dB)と、差はさらに広がる。
物理的に妥当な地面条件での結果 海上の音の伝わり方として最も現実的な \(G=0\)(水面反射)を採用すると、年間平均条件でA案 36.4 dB(A)、B案 37.1 dB(A) となり、提示値を 4〜5 dB 上回る。高温高湿条件でもA案 35.9 dB(A)、B案 36.5 dB(A) であり、依然として 3〜4 dB の差が残る。
\(G=0.5\)(混合地面)の場合 \(G=0.5\) は \(G=0\) と地面効果無視の中間に位置し、年間平均条件でA案 34.7 dB(A)、B案 35.3 dB(A) となった。提示値より約 2.7 dB 高い。
以上の結果は、提出資料の予測値が、物理的に筋の通った標準的な計算モデルでは容易に再現できないことを示している。
提示値に近い数値を出すためには、以下の条件をすべて同時に満たす必要がある。
ISO 9613-2 の計算枠組みの中で、もっとも有利な(値が低く出る)設定を選ぶ。
実際の風車スペクトル(低周波に偏っている)ではなく、高い音の成分を多めに含むフラットスペクトルを仮定する。これにより大気吸収が大きめに計算され、予測値が下がる。
地面効果を完全に無視する(\(A_{\mathrm{gr}}=0\))、海面が音を反射するという物理的事実を無視する仮定。
さらに、年間平均より高温高湿な気象条件(20 °C、80%)を仮定して大気吸収を大きくする。
これらすべてを重ねてもなお、再計算値は提示値を約 1 dB 上回っている。ただし、この約1 dBの残差については公平を期して付記する。1 dB程度の差は、帯域レベルの整数丸め(本計算では1/3オクターブバンドの値を整数dBで処理している)、音源スペクトルの実際の形状と本計算で仮定した均等配分との違い、あるいはISO 9613-2の各減衰項の実装上の微小な差異の範囲内に収まりうる。したがって、この1 dBの差をもって事業者の計算に誤りがあると断定することはできない。
しかし、重要なのは、この1 dBの残差ではなく、そこに到達するために必要とされた仮定の積み重ね(地面効果の無視、フラットスペクトルの仮定、年平均を上回る高温高湿条件)のほうである。一方、海上の伝搬に物理的にもっとも妥当な \(G=0\) を採用した場合、年間平均条件では提示値との差は 4〜5 dB に達する。4 dB–5 dB の差は、音響エネルギーにして約3倍の過小評価に相当する。
以上から、提出資料の予測値について次のように結論づけられる。
この数値は、平均的な条件下で安定的に得られるものではなく、地面効果の無視・年平均を上回る高温高湿条件の仮定など、複数の「予測値を低く出す方向の仮定」を重ね合わせた場合にのみ、ようやく近似的に成り立つ値である。
しかも、本検証は ISO 9613-2 の枠組み内(つまり「適度な順風条件」の範囲内)で行ったものであり、実際の夜間に起こりうる風下屈折、気温逆転層、海上ダクトといった音を増幅させる効果は一切含んでいない。これらを考慮すれば、実際に海岸線に届く音のレベルは、本検証の値をさらに上回る可能性がある。