いすみ市沖洋上風力プロジェクト 騒音影響評価← 前へ目次次へ →

14.提言

14.1事業者から独立した専門的騒音予測の実施

本書の分析は、公開データと標準的な計算手法に基づく一住民による独立検証であり、本格的な環境影響評価に代わるものではない。しかし、本書が明らかにしたように、騒音の到達レベルは計算手法と気象条件の設定によって大きく異なる。ISO 9613-2の標準計算では海岸線で約45 dB(A)となる条件が、夜間の安定大気と海上ダクトの形成を考慮すると54 dB(A)に達しうる。この約9 dBの差は、音のエネルギーで約8倍の違いに相当し、「基準内」と「深刻な影響」の分かれ目となる。

現行の環境影響評価制度では、騒音予測は事業者自身が実施し、使用する計算モデルや気象条件の設定も事業者の裁量に委ねられている(第5章)。しかし、本書の分析が示すように、モデルの選択と気象シナリオの設定は結果に決定的な影響を与える。したがって、以下を提言する。

第一に、事業者から独立した専門機関による騒音予測を実施すべきである。予測には、ISO 9613-2の範囲を超える高度な音響伝搬モデル(放物型方程式法やPE法など、大気の鉛直構造を考慮できる手法)を用いるべきである。

第二に、予測は単一の「代表的な」気象条件ではなく、いすみ市沖の実際の気象データに基づく複数のシナリオで実施すべきである。特に、夏季夜間の安定大気条件(騒音が最も増幅され、かつ住民が就寝中の時間帯)を明示的に含めなければならない。

第三に、予測はA特性の単一値だけでなく、周波数帯域別の分析を含むべきである。本書が示したように、A特性は到達する音響エネルギーの大部分を数値から除外するため、低周波音の影響を評価するにはC特性やZ特性による分析が不可欠である。

14.2浮体式技術による離岸距離の確保

本書の分析により、海岸線から3 kmの近距離配置では、最も楽観的な条件を除き沿岸住民に相当程度の騒音影響が生じることが示された。この問題を回避するための建設的な解決策として、浮体式洋上風力技術の採用による離岸距離の大幅な拡大を提言する。

第2章で詳しく検討した通り、日本と同様に急深海域を持つノルウェーは、沿岸住民への影響を回避するため浮体式技術を用いた沖合展開を国家政策として推進しており、ハイウィンド・タンペンは海岸から140 kmの沖合ですでに商業運転を行っている。浮体式のコストは現時点では着床式より高いが、第2.10節で整理した通り、DNVや米国エネルギー省など複数の独立した機関が2035年前後には56〜64 USD/MWhへの低減を予測しており、日本の大口産業用電力料金(約115〜190 USD/MWh)を大幅に下回り、家庭用電力料金(約190〜270 USD/MWh)の3分の1以下に達する見通しである(いずれも2024年平均為替レート1 USD \(\approx\) 151 JPYに基づく。詳細は第2.10節の表5を参照)。ノルウェー政府が大規模な補助を投じて技術成熟を促しているのは、まさにこの将来性を見越した政策判断である。

いすみ市沖の海底地形もこの選択肢を裏付けている。海岸から約20 kmまで水深200 m未満の大陸棚が広がり、浮体式(スパー型、水深120〜700 m対応)の設置条件を十分に満たす。Hywind Tampenで実証された海底ケーブル送電技術(水深300 m、送電距離16 km)に照らしても、20〜40 km沖合からの送電は既存技術で実現可能である。

したがって、いすみ市沿岸の住民の生活環境と健康を保護しつつ洋上風力発電の便益を実現するためには、現行計画の離岸距離3 kmを根本的に見直し、浮体式技術により20 km以上の離岸距離を確保する方向で事業計画を再検討すべきである。「現時点でコストが高い」という事実は、近距離・着床式を唯一の選択肢とする根拠にはならない。日本政府および事業者に対し、ノルウェーの政策判断を参照しつつ、浮体式技術への投資と政策支援を本格的に検討するよう求める。

14.3着床式を維持する場合の次善策:単機出力の制限と離岸距離の最大化

仮に現時点のコスト制約から浮体式の採用が困難であるとしても、着床式の枠内で騒音影響を低減するために、以下の2つの措置を検討すべきである。

第一に、風車の単機出力の制限である。第1.6節および第10.3節で示したとおり、同じ総出力を達成する場合でも、少数の超大型機より多数の小型機で構成するほうが合計の騒音出力は大幅に低い。15 MW機30基を4 MW機113基に置き換えた場合、合計の音響パワーレベルは約6 dB–7 dB低下する(エネルギーにして約4分の1〜5分の1)。基数の増加は占有面積の拡大と設置コストの増大を伴うが、漁業への影響は必ずしも悪化するとは限らない。大型風車は水中騒音も大きく海洋生物の生息環境への影響が懸念される一方、基礎構造物は人工魚礁として機能し魚類生息場を提供することが国際的に報告されており、基数の増加はこの効果を拡大する可能性もある。

第二に、離岸距離の最大化である。現在の計画では促進区域の内縁(海岸線から約3 km)付近への配置が想定されているが、いすみ市沖では離岸距離6 kmでも水深は約35〜45 mであり着床式の技術的制約内にある。ただし、本書の分析が繰り返し示してきたとおり、洋上での音の減衰は理想的な球面拡散よりも小さく、夜間の安定大気条件下では距離を倍にしても3 dB–4 dBの低減にとどまる可能性がある。また、小型機への移行で基数が増えた場合、アレイの拡大により離岸距離の実効的な増加は限定的となる。それでも自治体が離岸距離の下限を条件として設定することは検討に値する。

これら2つの措置の総合的な効果はアレイ配置の詳細設計に依存するが、現行計画(15 MW–18 MW級を3 kmに配置)と比較すれば相当程度の改善が見込まれる。浮体式による20 km以上の離岸距離確保には及ばないが、着床式の制約のもとでも住民への影響を低減するための現実的な選択肢として検討されるべきである。